宇宙オタクならではの60年代エピソードと、どこか野暮ったいラブコメの同居 芝山幹郎
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映画 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン
あの映像を、私は下北沢の銭湯で見た。脱衣所に置かれた白黒テレビが、映像を流していたのだ。1969年7月の午後だったか、夜だったか。アポロ11号の月面有人着陸は、もう55年も前の出来事なのだ。
ところがややあって、妙な風説が飛び交う。あれは本当に月面の映像だったのか。地球上のセットで撮った偽の月面ではなかったのか。そんな噂だ。
噂の流出元はソ連だ、という説もあった。巨匠スタンリー・キューブリックが関与したという声も聞かれた。なるほど……と思った人もいただろう。フランスでは、これを題材にしたモキュメンタリー(ドキュメンタリーを装った虚構)「オペラシオン・リュンヌ」(2002年)がテレビ放映されている。
「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」は、そのあたりの動きをヒントにしているようだ。
ただ、この映画は「宇宙開発競争秘話」を暴こうとはしていない。作り手は、宇宙開発競争のてんやわんやと、その水面下で起こり得た、にやりとしたくなる出来事に狙いをつける。
最初に登場するのは、マンハッタンの広告代理店で働くケリー(スカーレット・ヨハンソン)である。ケリーは、切れのよい頭脳とセクシーな容姿を駆使して、圧倒的な男性優位社会を泳ぎ渡るマーケターだ。見方を変えれば天性の詐欺師で、これまでの人生でも、何度か身元を偽って生き抜いてきたらしい。
そんな彼女が、ニクソン政権下のフィクサーとおぼしきモー(ウディ・ハレルソン)にスカウトされ、フロリダのケネディ宇宙センターへ活動の場を移す。アポロ計画に対する議員の協力や富裕層の財政的支援を取り付けるのが、彼女の職務だ。
ここで、…
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週刊エコノミスト
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