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減収減益のテスラ マスクCEOに米史上最高額の報酬 河村靖史

 米テスラのイーロン・マスク氏が米企業史上最高額の報酬を獲得することが承認された。EV市場の変調でテスラは苦境に立たされているが、個人投資家のマスク氏への期待は高い。

成長期待の個人株主が支持

 米EV(電気自動車)大手テスラは6月13日、米国テキサス州で株主総会を開き、イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)に対する560億ドル(約9兆円)の報酬パッケージが賛成多数で承認された。米国企業のCEOに対する報酬は世界的にも突出するが、今回の報酬が実現すれば史上最高額となる。

 承認された巨額報酬パッケージは、マスク氏が自動的に受け取る報酬ではなく、ストックオプション(株式購入権)が付与されるもので、実際の報酬額はテスラの株価によって決まる。

テスラが法人登記を移すテキサス州のギガファクトリー Bloomberg
テスラが法人登記を移すテキサス州のギガファクトリー Bloomberg

 マスク氏に対する巨額報酬は、2018年のテスラの株主総会で、70%を超える支持を獲得して承認されている。しかし、株主の一部が、報酬が過剰で導入方法も問題があるとして取り消しを求めて提訴。この結果、今年1月に米東部デラウェア州の裁判所が報酬は「無効」との判決を下した。これに怒ったマスク氏は、テスラの法人登記を東部のデラウェア州から最新工場のある南部のテキサス州に移転する方針を決定し、今回の株主総会で移転する議案も承認された。

 また、今回の株主総会では、複数の議決権行使助言サービス会社がマスク氏に対する巨額報酬に「反対」することを株主に推奨し、大口投資家も報酬が高額過ぎるとして「反対」する方針を示していた。しかし、報酬パッケージは賛成多数で再び承認された。原動力となったのは個人投資家の支持だ。

直面するEVの販売鈍化

 テスラは自動車メーカーで世界トップの時価総額であり、その成長戦略をリードしてきたマスク氏は株価を支える個人投資家の信頼が厚い。マスク氏は株主総会で報酬パッケージが承認されると、「本当に最高」と喜びをあらわにした。

 マスク氏はこれまでも個人投資家との対話を重視してきた。テスラが新設した工場は、ジャーナリストや報道機関には公開せず、個人投資家を招いて見学会を開いたり、マスク氏本人が個人投資家を前に、今後のテスラのEV戦略を説明したりする場を設けてきた。

 こうした株主向けのイベントには、全米からテスラ車のオーナーでもあるテスラの株主が大勢参加する。テスラの株価上昇で「大もうけ」した株主も多く、マスク氏は支持されてきた。そして、今回の巨額報酬に対する賛否は、EV市場が変調する中でのマスク氏に対する信任投票という側面があった。

 EV市場でテスラが高いシェアを持つ欧米ではEV市場の成長率が鈍化しており、テスラも苦戦している。24年1~3月期の売上高は前年同期比9%減の213億ドルと4年ぶりに減収となった。EV販売台数が同9%減の38万6810台と落ち込んだためだ。

10%超の人員削減

 テスラは自動車メーカーの中でも世界トップクラスの高い収益力を保っていた。ところが中国のBYD(比亜迪)など新興EVメーカーとの価格競争が激化し、各市場で値下げしてきた影響でEV1台当たりの収益も下落。1~3月期の最終利益も同55%減の11億ドルと大幅減益となった。

 EV販売の苦戦や収益悪化、さらにマスク氏の個人的なスキャンダル報道などもあって、テスラの株価は年初から低迷している。21年には自動車メーカーで世界トップの1兆2000億ドルを超えていた時価総額も、一時は5000億ドルを割り込む水準まで落ち込んだ。

 自動車メーカーで時価総額が世界2位のトヨタ自動車にトップの座を奪い返されるとの見方もあった中、マスク氏は業績が悪化しているテスラの打開策を打ち出す。世界で10%を超える人員削減を進める一方、25年後半に市場投入する計画だった新型の小型EVの市場投入を、25年初めに前倒しする方針を明らかにしたのだ。

 この小型EVは、低価格EVで市場を攻略しているBYDに対抗する低価格モデルとなる。さらに今年8月には自動運転システムを搭載したドライバーがいない「ロボタクシー」も公開するなど、イノベーションによる成長戦略のための投資を続ける方針を示した。

 これらの将来計画が支持され、テスラの株価は下げ止まる様相を見せている。逆にトヨタは認証試験での不正が発覚したことで株価が下落し、両社の時価総額の差は再び開いている。

AI開発資金の確保急ぐ

 マスク氏が個人投資家から強く支持されるのも、苦境に陥った際の打つ手が早く、大胆なことがあると見られる。テスラの取締役も「報酬パッケージがなければ、テスラが将来も高い成果を上げるのをけん引するマスク氏をテスラにとどめておけなくなる」として投資家に賛同するよう呼びかけを続けた。

 マスク氏が巨額報酬を求めているのは、人工知能(AI)の研究開発資金を確保するためのようだ。BYDや自動車事業に参入したファーウェイ(華為技術)、シャオミ(小米集団)など中国系企業は、EVにAIを含むデジタル技術を融合することで、競争力の高い先進的なEVの開発を進めている。

 一方、テスラも自動運転EVの開発に注力しているが、中国勢の開発スピードは脅威だ。マスク氏はAIに投資してこれらに対抗していく方針だ。今回の報酬パッケージが実行された場合、マスク氏のテスラ株式の持ち分比率は13%から22%に上がる見込みとなる。

 ただ、テスラの株主総会でマスク氏への報酬パッケージは承認されたものの、マスク氏の独善的な要求をのむテスラの取締役会が機能していないとして批判する声も上がっている。テスラの先行き不透明な状況は続く。

(河村靖史〈かわむら・やすし〉ジャーナリスト)


週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載

マスク氏に史上最高額の報酬 テスラ成長期待の個人が支持=河村靖史

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