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紙幣改刷の狙いには「タンス預金あぶり出し」と「キャッシュレス決済普及」も 永濱利廣
1万円札、5000円札、1000円札の新紙幣の流通が7月3日に始まった。財務省は5年前の2019年4月、「偽造抵抗力強化」などを改刷(紙幣の図柄やデザインを変えること)の理由に挙げたが、筆者はそれとは別に、当局が公言しない狙いが二つあると考えている。
一つ目は、現金を自宅で保管する「タンス預金」(現金退蔵)のあぶり出しだ。高齢者を中心にタンス預金の残高は依然として高い水準にあり、当局は資金洗浄や租税回避の温床になりうると見ている。
改刷は04年11月以来だ。その2年3カ月前の02年8月に財務省が改刷を公表してから流通が始まるまでの間、タンス預金の前年同月比増加率は低下した(図)。これは日銀の「資金循環統計」で確認できる。当時は金融システム不安が緩和に向かっており、これが現金を退蔵する動機が低下した要因とも考えられるが、少なくとも政策当局は「改刷も少なからず寄与した」と考えた可能性がある。
当局が公言しない二つ目の狙いは、主要国に後れを取るキャッシュレス決済の普及を促すことだ。経済産業省が公表した23年のキャッシュレス決済比率は39.3%であり、同省が目指す「将来的には世界最高水準の80%」の半分にすぎない。
政府がクレジットカードやQRコード決済などキャッシュレス決済を普及させたい大きな目的は、①インバウンド(訪日外国人観光客)の消費拡大、②店員が現金残高を確認する作業を省力化することで期待できる人手不足の緩和や生産性の向上、③金融機関や小売業を中心とする現金決済に関わるインフラのコスト削減──が挙げられる。
小売業にとっては、改刷に備えて現金のレジを改修する費用が負担になる。キャッシュレス決済を増やせば、レジの台数を減らして改修費用の負担を下げられることから、事業者がキャッシュレス決済の受け入れに一段と力を入れると期待できる。
改刷による機器の改修特需は限定的か
改刷に伴い、現金自動受払機(ATM)、自動販売機、金融機関の営業店員が使うオープン出納システムなどの特需が発生している。日本自動販売システム機械工業会の23年の試算によれば、今回の改刷による現金取り扱い機器の改修費用は約5100億円に上る。
ただ、金融機関向けATMの改修需要は前回の改刷ほどは大きくないかもしれない。営業店が減少したことやキャッシュレス決済の増加に伴って貨幣流通量の減少が予想されているからだ。
一方、コンビニエンスストアなど小売業向けATMは、店舗数の増加などから前回改刷より更新需要が拡大すると期待される。しかし、小売業向けATMは金融機関向けより単価が安く、更新サイクルが短い。
このため、今回の改刷に伴うATMや自販機の改修特需は前回ほど大きいとは期待できず、特需の出現時期も分散されるだろう。
(永濱利廣・第一生命経済研究所首席エコノミスト)
週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載
FOCUS 新紙幣の流通開始 タンス預金あぶり出し狙い キャッシュレス決済普及も=永濱利廣