空き家の半数は賃貸住宅 相続税対策が“作り過ぎ”に拍車 牧野知弘
少子化時代の相続では、自分の実家に加えて地方にある親の実家、そして配偶者の分まで空き家を抱え込む可能性がある。
空き家の増加が止まらない。総務省が今年4月に発表した5年に1度の住宅・土地統計調査(速報値)によれば、全国の空き家数は約900万戸と前回調査(18年)に比べ6%増加した。また、国内の総住宅数に占める空き家の割合(空き家率)は13.8%に達している。そして、空き家数のうち居住目的のない個人住宅の空き家が385万戸と、前回調査に比べ10.5%も増加している(図1)。
ただ、本当に注目すべきは、賃貸用の空き家だろう。賃貸用の空き家は443万戸と空き家総数の49%を占めており、東京都では空き家総数(90万戸)の実に7割の63万戸が賃貸用となっている。東京への一極集中が進み、いまや東京23区内で供給される新築マンションの平均価格(23年)は1億2962万円に達する。東京で家を持つなど、一般庶民には簡単にはかなわぬ夢である一方、空いている賃貸住宅はごまんと存在する。
こうした事態を招いているのは賃貸住宅を作りすぎているからだ。国土交通省によれば、23年の住宅着工戸数は81万9000戸で、そのうち42%に相当する34万4000戸が貸家(賃貸住宅)だ(図2)。全国の分譲マンション戸数が10万8000戸のため、新築マンションの実に3倍強の賃貸住宅が新築されていることになる。日本が人口減少社会となっても賃貸住宅の建設が止まらないのは理由がある。
それは、賃貸住宅が相続税対策に利用されているからだ。現在、国内では年間157万人(23年)が亡くなるが、その8.3%相当が相続税の対象になっている。税制改正によって15年から相続税の基礎控除額が4割引き下げられたことで、相続税の課税対象となった被相続人(亡くなった人)の死亡者数全体に対する割合は、それまでの4%程度から倍増した。
タワマンは値上がり期待
また、国内では富裕層の数も増加している。野村総合研究所の調査によれば、負債を除く純金融資産で1億円以上保有する世帯数は148万世帯(21年)に達した。高齢の富裕層にとっては、眼前に迫る相続で節税対策をする必要に迫られており、節税対策としてアパートやマンションなどの賃貸住宅を建設・投資する動きが顕著になっているのだ。
現金を1億円所有していれば、額面そのままが課税対象額になるが、賃貸住宅を建設すれば土地部分は路線価評価額(貸家であればさらに貸家建付地評価割合によって減額)、建物部分は固定資産税評価額での評価となり、現金のままに比べて6割程度に評価額を圧縮できるのがポイントだ。アパートローンなどの負債額も相続税評価額から控除でき、相続後は子や孫が賃料収入も確保できる。
賃貸アパートではアパート業者から一定の条件下で賃料保証がつくことが多い。タワーマンション1室ならば資産価値も高く、将来的な値上がりへの期待もある。そうした相続税対策の目的が賃貸住宅所有を後押しし、一層の賃貸住宅供給に拍車を掛けている。しかし、賃貸住宅市場の需要とは直接関係なく供給されるため、結果として賃貸住宅の空き家が増え続ける構図だ。
そして、賃貸住宅空き家をさらに増やしそうなのが、首都圏などの大都市圏で予想される大量相続問題だ。戦後、地方から職を求めて大都市圏に流入した人たちの多くが、70~90代となっている。すでに夫婦のうち片方が亡くなる1次相続が起きているが、これからはもう片方もなくなり、子などが相続人となる2次相続の頻発が予想される。
相続税の申告では1次相続の場合、配偶者には相続税評価額から一律1億6000万円を控除できる「配偶者特別控除」が設けられている。しかし、子などへの2次相続ではそうした特別控除はなく、相続税が課されるケースが激増すると予測される。相続を無事に乗り越えようと、タワマン投資や賃貸アパート建設が今なお続いており、貸家の着工数が勢いを失わない。
親の実家に配偶者分も
しかし、少し冷静になって考えてみよう。大都市圏で今後、賃貸住宅需要はどの程度期待できるのだろうか。主要な不動産・住宅情報サイトが公表する都内の市区別の賃貸住宅空室率を見ると、どこも10%台半ばから20%超の空室率を記録している。さらに、昨今は所有する土地にアパートを建設するにも建設費が高騰している。借入金で賄おうにも、返済できるだけの賃料収入を長期にわたって確保できるのか。
また、アパート業者による賃料などの保証条件はいつまで保たれるのか。タワマンでもどの程度の賃料収入が見込めるのか。相続後に転売する際、本当に物件価格は上昇しているのか。いざ売却しようとしても買い手がおらず、物件価格が下落して借入金が返済できないといった事態になれば、相続税を節税するつもりが財産自体を減らすことにもなりかねない。
また、2次相続で難題になるのが、被相続人(亡くなった人)が住んでいた持ち家だ。相続人が50~60代であれば多くの人はすでに自らの住宅を確保している。1次相続の際はもう片方の配偶者が住み続けるため問題は少なかったが、2次相続では親の住んでいた家の後始末が必要になる。相続人が住まないのであれば、「売る」か「貸す」しか選択肢はない。
親が地方から出てきた人であれば、親が東京に残す実家のみならず、祖父母が住んだ地方の実家も相続財産として付く可能性もある。少子化の時代の相続では、借り手に困る賃貸住宅と、親と祖父母の2世代分の実家、そして配偶者の分まで含めれば、何軒もの空き家を抱え込むリスクがある。子に資産価値の乏しい“負動産”を残さないよう、早めの対策が求められる理由がここにある。
(牧野知弘〈まきの・ともひろ〉オラガ総研代表取締役)
週刊エコノミスト2024年7月16・23日合併号掲載
マンション管理&空き家 住宅の作りすぎ 「賃貸用」が空き家の半数 富裕層の相続税対策が拍車=牧野知弘