正義や民主主義との関連を考える「嫉妬」の思想史 ブレイディみかこ
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左派ポピュリズムを研究し、シャンタル・ムフの著書を翻訳したりしてきた山本圭氏が、『嫉妬論 民主社会に渦巻く情念を解剖する』(光文社新書、946円)という本を書いたのはごく自然な成り行きに思える。2010年代に、欧州の反緊縮左派勢力の勃興について書いていたわたしには、あの現象を振り返りながら今後について考える本としても読めた。
本書は「どうすればあなたは嫉妬心から解放されるのか」みたいな自己啓発系の本ではない。むしろ、人は嫉妬から解放されることはないというのが著者の立場であり、嫉妬がいかに民主主義社会とは切り離せない関係(必ずしも悪い意味だけではなく)にあるかを論じている。
プラトンやトマス・アクィナスからカント、三木清、スラヴォイ・ジジェクまで、古今東西の考察を引きながら嫉妬の思想史がひもとかれており、どれを読んでもなぜか現代のことが語られているような気になる。それは、現代社会において嫉妬という情念が重要なファクターになっていることを著者が強く意識しているからに他ならない。第3章の「誇示、あるいは自慢することについて」はマウンティング(優位性の誇示)のことだろうし、資本主義とマウンティングが共存共栄の仲にあるのは、SNSが露骨なほど体現しているところだ。
第4章の「嫉妬・正義・コミュニズム」では、正義と嫉妬の関係にメスが入れられる。正義や平等は、嫉妬心の隠れ蓑(みの)に過ぎないのではないか。そういう後ろ暗い疑念のために、嫉妬感情は社会科学や政治哲学で抑圧されてきたと著者は考察する。しかし、自尊心を傷つけられるほど劣悪な地位に置かれている人々(例えば差別を受けている人々)が、そうではない人々を妬むのは非合理的だろうか? むしろ、妬みを抱くなという道徳的常識は、差別されている人々は自分が置かれた立場を受け入れ、身をわきまえて生きていけという抑圧的支配を利する。嫉妬と支…
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週刊エコノミスト
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