国際・政治 仏議会選挙

混迷極める新政権発足への道 マクロン大統領退陣論につながる恐れも 田中理

選挙後に広場に集まり祝う人々。左派連合が予想外の勝利を収めるも、政権運営に必要な過半数を獲得する道筋は、どの政党にも示されなかった(Bloomberg)
選挙後に広場に集まり祝う人々。左派連合が予想外の勝利を収めるも、政権運営に必要な過半数を獲得する道筋は、どの政党にも示されなかった(Bloomberg)

 政治体制が制度疲労を起こしているフランス。極右政権誕生こそ回避したが、得票率をみると、一時しのぎのままでは極右や極左がさらに伸長する可能性がある。

極右の政権奪取は先送り

 極右政党「国民連合(RN)」による政権奪取が不安視されたフランスの国民議会(下院)選挙では、主要左派政党が選挙直前に結成した左派連合「新人民戦線(NFP)」と、マクロン大統領を支持する与党連合「アンサンブル(ENS)」が、反極右票の分断を恐れて決選投票に出馬する候補を一本化したことで、左派が大逆転で勝利した。

 フランス史上初の極右政権の誕生をどうにか阻止した形だ。だが最大勢力の座が転がり込んできた左派連合(182議席)、改選前から大幅に議席を失った与党連合(168議席)、戦略投票で3番手に沈んだ国民連合(143議席)の獲得議席は、いずれも過半数(289議席)を大きく下回った。安定政権の樹立が困難な状況で、7月18日の新議会招集後も政権の枠組みが固まっていない。

拡大与野党連合

 議会の最大勢力となった左派連合は、政権発足に意欲をみせているが、左派が主導する政権が誕生する可能性は後退している。急ごしらえの左派連合は首相候補の一本化ができないまま今回の選挙戦に臨んだ。左派連合内で最多議席を持つのは、過去数回の大統領選挙でマクロン氏と対峙(たいじ)したメランション氏が率いる極左政党「不服従のフランス(LFI)」だ。同党は極右勢力と同様に反マクロンの急先鋒(せんぽう)で、マクロン大統領が主導した年金改革の撤回や欧州連合(EU)の財政規律の受け入れ拒否など、極端な政策を主張する。そのため、極左の政権参加を巡って、左派連合の内外から不安の声が浮上している。

 仮に極左が主導する左派政権が誕生したとしても、議会での内閣不信任に継続的にさらされ、政権存続が困難な状況にある。極左が加わる左派政権に対しては、中道勢力や右派勢力がそろって不信任を突き付ける可能性があるためだ。ただし、74議席を持つ極左を政権の枠組みから除外すれば、他党の協力が得られやすくなるが、それでは議会の最大勢力でなくなり、左派に政権を委ねる理由が消滅する。

 中道政党で構成される与党連合は、当初の敗戦ムードから一転、政権継続に向けたさまざまな可能性を模索している。マクロン氏が2017年の大統領選挙に臨むに当たり旗揚げした中道政党には、かつての2大政党である中道左派の「社会党(PS)」と中道右派の「共和党(LR)」から多くの議員が合流した。社会党出身の議員が極左を除く穏健左派との連携を模索する一方、共和党出身の議員は共和党との再合流を目指す。

 いずれも過半数に届かないため、対立する勢力の穏健派議員や会派に属さない小政党にも協力を呼び掛けている。議席のうえでは与党連合から首相を出すのが自然だが、その場合、マクロン派が穏健左派や穏健右派を取り込み、拡大与党連合を結成したとの印象を国民に与えかねない。左派連合に加わった穏健左派や今回の選挙戦を単独で戦った共和党は近年、反マクロン色を強めてきた。与党連合に合流や吸収される形での政権参加は望んでいない。

解散・総選挙は年1回だけ

 そして穏健左派や穏健右派が加わる拡大与党連合を結成できたとしても、議会の過半数に届かない可能性がある。ただし、非多数派政権の議会運営は困難を極めるが、22年の国民議会選挙で過半数を失った与党連合は、議会採決を迂回(うかい)する特別な憲法規定(49条3項)を使って法案を通してきた。この手続きでは、24時間以内に内閣の不信任が可決されない限り、法案が可決されたものと見なされる。この場合、左派政権誕生時と同様に内閣不信任にさらされることになるが、野党勢力が極左や極右に限定されるため、政権延命の可能性が高まる。

 政権発足に向けたこれらの取り組みが失敗に終わった場合、超党派の支持が得られる非政治家を首班とするテクノクラート政権を発足することや、アタル首相がひとまず留任し、次の選挙までの選挙管理内閣を組織することなどが考えられる。フランスでは議会の前倒し解散・総選挙は1年に1回に限られ、次の選挙は来年夏以降となる。

 こうしてみると、極右政権の誕生が回避され、極右以上に財政運営が不安視される左派政権が誕生する可能性も遠のいたが、拡大与党連合、テクノクラート政権、選挙管理内閣のいずれの代替シナリオの場合も、フランスの政治リスクが先送りされるに過ぎない。今回の選挙で露呈したのは、①フランスの政治体制が制度疲労を起こしていることと、②反極右の防波堤が崩れつつあり、フランス国民の間で反マクロン感情が深く浸透していることだ。

 フランスでは12年間で14回の政権交代が行われ、統治能力の欠如を露呈した第4共和制(1946~58年)の反省に基づき、58年に始まった第5共和制では、大統領の権限を大幅に強化した。大統領は内閣の任命・解任権を持ち、議会の解散権を持つ。その後、大統領の出身政党と議会の多数派が食い違う「ねじれ(コアビタシオン)」が発生したことを受け、大統領選挙と国民議会選挙の選挙サイクルを統一し、これに対応してきた。

 だが、現在の政治制度は、今回のような議会で多数派が形成できない事態を全く想定していない。大統領は「公権力の適切な機能と国家の継続を確保する」ことが求められる(憲法5条)。このまま政権発足や安定政権の樹立ができない状況が長引けば、マクロン大統領の政治責任が問われ、退陣論が広がる恐れもある。

極右伸長の決選得票率

 決選投票で敗れた国民連合の得票率は37%で、左派連合の26%、与党連合の25%を上回った。国民連合が初回投票から得票率を約4ポイント積み増したのに対し、反極右票を集結したはずの左派連合と与党連合の得票率の合計は初回投票とほぼ変わらず、棄権票や無効票が3ポイント余り増えた。左派連合と与党連合が候補者を一本化した選挙区のうち30余りは、3ポイント差未満の薄氷の勝利だった。極右の岩盤支持層は今や左派や与党連合を凌駕(りょうが)し、左派や与党は共同防衛戦線を張ることで、どうにか極右の政権奪取を食い止めている状況だ。今後、極右と極左を除く主要政党が支持する形の政権発足にこぎ着けた場合も、行き場を失った反マクロン票は次の選挙で極右や極左に流れる恐れが出てくる。フランスの政治不安は長引きそうだ。

(田中理〈たなか・おさむ〉第一生命経済研究所首席エコノミスト)


週刊エコノミスト2024年7月30日号掲載

フランス議会選挙 混迷極める政権発足への道 極右誕生回避も「いばら」は続く=田中理

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