国際・政治 イラン

世界が驚いた改革派イラン大統領の誕生 なお高い経済制裁解除へのハードル 斉藤貢

イランの首都テヘランで支持者の歓声に応じるペゼシュキアン氏(7月3日) 共同通信
イランの首都テヘランで支持者の歓声に応じるペゼシュキアン氏(7月3日) 共同通信

 改革派のペゼシュキアン氏が当選する予想外の結果となったイラン大統領選。イスラム革命体制への国民の不満とともに、中東の民主主義が健全に機能していることも示した。

決選投票の投票率は49.8%

 ライシ前大統領の事故死を受け、決選投票まで進んだイラン大統領選挙では、改革派のペゼシュキアン氏が勝利し、大きな驚きを持って受け止められている。6月28日実施の1回目の投票では、過半数を得た候補者がおらず、得票率1位だった同氏と次点だった保守派のジャリリ氏との間で7月5日に決選投票が行われた。当初、ペゼシュキアン氏の躍進は見込まれてすらいなかった。

 そもそも、イランにおける大統領選と国会議員選挙では、立候補希望者はまず護憲評議会の資格審査をパスしなければならない。この会のメンバーは最高指導者が何らかの形で任命しているため、最高指導者が選挙結果を強くコントロールすることが可能だ。イラン・イスラム革命(1979年)から40年以上たち国民の体制離れが進む中、2020年の国会議員選挙以降、保守派は制度を使って露骨に資格審査で穏健派、改革派を排除し、保守派が圧勝している。

 一方、候補者を選ぶ自由を奪われたイラン国民は、投票をボイコットすることで不満の意を示してきた。イランでは投票率が革命体制に対する支持率と見なされており、過去には60%以上の投票率だったものの、20年以降は低迷していた。

 今回の1回目の投票率も過去最低の39.9%だったが、ペゼシュキアン氏が決選投票に残ったことから、多くの国民がいちるの希望を持って投票に参加し、投票率は49.8%に上昇した。その結果、ペゼシュキアン氏は得票率で53.6%を獲得し、ロウハニ大統領(在任13〜21年)の当選以来、19年ぶりに改革派の大統領が誕生した。

イランの民主主義の健全さを証明

 イスラム法学者による統治を掲げたイスラム革命体制下の大統領選では、ラリジャニ元国会議長のような保守派でない有力候補は軒並み資格審査で落とされ、立候補を認められた5人のうち、保守派以外は無名のペゼシュキアン氏ただ1人。同氏が非保守派でただ1人残れたのは投票率を上げるためといわれ、保守派の勝利は「約束されたもの」と思われていた。

 しかし、あらかじめ有力な非保守派の候補を排除したにもかかわらず、決選投票で保守派が敗れたことは、イスラム革命体制を堅持しようとする保守派の路線が国民にどれだけ嫌われているのかを意味する。もはや、革命体制に対する支持率は20%程度との見方もある。国民が革命体制を忌避するのは、イスラム的な社会生活への規制、対外強硬姿勢による経済制裁だけでなく経済運営の失敗、腐敗汚職、さらに抗議デモの弾圧や選挙の形骸化などに対する国民の不満を強引に抑えつけたことにもある。

 ただし、今回の想定外の出来事は、中東の民主主義という観点からはイランの民主主義がかなり健全に機能していることを証明した。立候補者を最高指導者が恣意(しい)的に選択できることは大きな問題だが、ペゼシュキアン氏の勝利は、投票結果自体は操作されていないことを意味する。また、最高指導者のハメネイ師が民意に基づく選挙結果を覆すこともしなかった。

 他の中東諸国にも一応の議会制度が存在するが、ほとんどの国では支配者の意向に逆らえない翼賛議会で、議員は任命制だったりする。例えば、クウェートでは首長が意に従わない議会を今年4月に解散し、5月には再度選ばれた議会をまた解散してしまっている。

インフレは40%前後に

 そうした中、ペゼシュキアン氏が7月28日に新大統領に就任した。ペゼシュキアン新大統領は、スカーフの着用義務に象徴されるイスラム革命体制下での市民生活面での規制の見直しと、対外関係の緊張緩和を通じた経済制裁の解除による経済の再建を訴えて多数の国民の支持を得て当選した。だが、両者とも一筋縄ではいかない難問だ。

 まず、規制の見直しについては、スカーフの着用義務を巡って22年に起きた全国的なデモに対し、体制側が強権的に弾圧して500人以上が亡くなったともいわれ、イスラム革命的な社会生活に対する規制に対して国民の不満が強いのは間違いない。だが、保守派が支配する国会は、むしろスカーフ着用義務に対する罰則を強化する改正案を審議中だ。

 他方、穏健派のロウハニ大統領の時代には取り締まりを緩め、スカーフを被らないことも多少黙認された。今回は保守派候補の予想外の敗北で、最高指導者以下の保守派も国民の強い怒りに対して国民をなだめるため、過去に認めていた程度までに規制を黙認する可能性がある。

 最大の難問は、制裁解除を通じたイラン経済の再建だ。イランは15年、米英仏独中露との間で核開発自粛と引き換えに国連の経済制裁を解除する「イラン核合意」を締結した。しかし、18年にトランプ前米大統領が弾道ミサイル開発問題や近隣諸国への内政干渉問題を扱っていないとして、一方的に核合意から脱退して米国単独の制裁を再開し、イラン経済は苦境に置かれている。

 米国の経済制裁はイランのみならずイランと取引した外国企業も制裁の対象とするため、日本企業を含めて各国の企業は軒並みイランとのビジネスをやめてしまった。その結果、イラン経済は失速し、現在は前年同月比で40%前後のインフレとなって国民を苦しめている。

革命防衛隊に大統領も口出せず

 バイデン政権になって米国は「核合意」の再開を目指してイランと交渉したが、中国が米国の制裁を無視してイラン産原油の購入を増やし、イラン経済が一息付いたこともあり、未来永劫(えいごう)イランを制裁しない保証を求めるなど、イラン側が強気な姿勢を崩さなくなった。しかし、米国は選挙で政権交代するため、米国が将来の大統領の手を縛ることを確約するのは困難だ。

 さらに、昨年10月にはイランが支援するパレスチナ自治区ガザ地区のイスラム組織ハマスとイスラエルが衝突するガザ紛争が勃発した。イスラエルの後ろ盾となる米国との交渉は困難となり、今年11月の米大統領選も近づいたことで、交渉は時間切れとなった。少なくとも11月の米大統領選前に米国と核問題について合意して制裁を解除させることは不可能だと筆者は考える。

 また、イランはガザ紛争でパレスチナ人を支援するとして、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラなどの代理勢力を動員してイスラエルと米軍を攻撃している。抵抗運動への支援はイランのイスラム革命の根本原則であるのみならず、ヒズボラなどとのやり取りは最高指導者直結の組織「革命防衛隊」の管理下であり、ペゼシュキアン新大統領は口を出せない。西側諸国は攻撃に対してイランとヒズボラなどを非難しており、西側との関係改善を目指すペゼシュキアン新大統領にとって大きな重荷となろう。

(斉藤貢〈さいとう・みつぐ〉元駐イラン大使)


週刊エコノミスト2024年8月13・20日合併号掲載

イラン 改革派のイラン大統領誕生でも なお高い制裁解除へのハードル=斉藤貢

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