経済・企業 中国
海外進出する中国の消費財メーカー 自前ブランド育成へ 趙瑋琳
BYDやアンカー、アンタ、そしてSHEIN、Temu──。中国企業の海外進出は、かつての国有企業やテック企業から、消費財メーカーへとシフトしている。
メイソウはパリに旗艦店 アンタはNBA選手とコラボ
中国のEV(電気自動車)大手BYDの日本法人が今年4月、日本のテレビCMで俳優の長澤まさみさんを起用したことが、中国のSNS(交流サイト)で大きな話題となっている。長澤さんは中国映画「唐人街探偵 東京MISSION」出演などで中国でも知名度や好感度が高い。そうした俳優を起用したことで、BYDの日本市場を攻める姿勢に本気を感じているのだ。
BYDは2015年、中国自動車メーカーとして初めて日本へEVバスを納入し、昨年1月には乗用車市場へも参入した。小型車とスポーツタイプ多目的車(SUV)の2車種に加え、今年6月からセダンの新EV「シール」を投入し、各地に販売拠点を展開している。航続距離の長さといった特徴を、「ありかも、BYD!」というキャッチコピーで長澤さんの起用とともに打ち出し、日本の消費者への浸透を狙っている。
中国企業の海外進出は00年以降、資源を求める国営企業から「海外優良資産のM&A(合併・買収)を図る不動産関連などの民営企業」へ、そして海外市場の開拓を目指すBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)のようなテック企業へと変化した。そして今、その流れは、BYDのようなEV関連や小型家電、越境EC(電子商取引)、雑貨、飲食などの消費財メーカーへと移ってきている。
消費財メーカーの旺盛な海外進出意欲の裏側には、中国国内の消費の停滞がある。中国国家統計局の消費者信頼感指数によると、景気減速や不動産不況などから消費者心理は急速に悪化し、22年4月に「楽観」と「悲観」の分岐点である100を下回った後、今年5月は86.4と低迷を続けている。経済の先行きへの不安により消費者の節約志向が高まっているのである。小売りやサービスの現場では価格競争も激しくなっている。
中国では毎年6月、中国EC2番手の京東が主導する上半期の一大ECセール「618商戦」が展開され、11月の「独身の日」に並ぶ巨大なセールとして人気を集めるが、今年は参加したEC各社とも「安さ」を前面に打ち出した。消費者に大人気のタピオカミルクティーでも変化が起きている。新興ブランド「奈雪的茶」の平均客単価は23年、32元(約680円)と19年の43元から低下し、財布のひもの固さを表している。
アンカー、メイソウも続々
新型コロナウイルス禍以降、中国企業の関係者は「消費者は品質に妥協せずに、より安い価格を求めている。品質を維持しながら、いかに価格を下げるかが重要で、本当に大変」と口をそろえた。今年に入ってからは「安い価格で売り出すために原材料を工夫する必要がある」という話に変わり、安い原材料を使わざるを得ない状況にさらされているという。
新たな活路を開こうと海外志向を強める中国消費財メーカーの大きな特徴は、従来型の価格や品質で競争するのではなく、ブランド力で勝負する意識に変化している点だ。これまで培ってきた生産力と技術力をもとに、海外ブランドからの請負生産だけでなく、自社製品のブランド育成に注力し、世界で通用するブランドとして海外市場へ展開することに力を入れている。
例えば、充電器やケーブル、イヤホンを主力商品としている「安克創新(Anker、アンカー)」は、11年に設立後、越境ECプラットフォームの活用と独自の販売網の構築を通じ、海外市場で存在感を高めている。シンプルな機能美を追求したデザインで、オーディオブランド「Soundcore(サウンドコア)」なども展開し、日本を含む100以上の国・地域で販売している。
リアル店舗の海外進出の代表格となっているのは、「MINISO」ブランドの生活雑貨チェーン「名創優品(メイソウ)」だ。食器や化粧品、飲食料品までコストパフォーマンスの高い商品を中心にブランド力を強化している。日本では21年に撤退したものの海外店舗数も売上高も順調に伸びており、23年末時点で海外の店舗数は2487店と全体の38%を占める。今年6月には五輪を前にパリで欧州最大の旗艦店を開業した。
最前線となった日本市場
中国のスポーツウエア大手「安踏(ANTA、アンタ)」もグローバル展開に力を注ぐ。手ごろな価格やSNSを駆使したプロモーションで支持を集めており、19年 にはテニスの「ウイルソン」などのブランドを持つフィンランドのアメアスポーツを買収。23年の売上高は前年比16.2%増の623.6億元(約1兆3000億円)と過去最高を記録した。
アンタは昨年から東南アジアを中心に直営店事業を始めたほか、今年3月には米プロバスケットボールNBAのカイリー・アービング選手とコラボ商品を開発するなど、米国市場にも攻勢をかける。アンタ創業者の丁世忠氏は海外市場で新たな成長を図り、「中国のナイキより世界のアンタ」を目標にしていると伝えられる。これは自社ブランドを育て、海外に進出を図る中国の消費財メーカーの共通の思いだろう。
こうした中国消費財メーカーの海外展開で、最前線になっているのが日本だ。BYDだけでなく、家電量販店で販売されているアンカーやロボロックなどのロボット掃除機、世界唯一の実店舗を22年11月に東京・原宿でオープンし、若い消費者を中心に人気を集めるファストファッションのSHEIN、ユーザー数を順調に伸ばす越境ECのTemuなどの動きに表れている。
なぜ中国企業が今、日本市場を目指すのか。それは、中国企業が自社製品の品質と価格のバランスに自信を持っていること、そして消費者の目が厳しい日本市場での成功が世界市場をつかむことにつながると考えているためだ。日本は先進諸国の中では比較的市場が大きく、かつ海外企業にも開放されている。マーケットが成熟し、法規制が厳格な日本は、中国企業が自社の製品の実力を測るにはうってつけの市場なのである。
中国企業の海外進出は活発化しているが、立ちはだかる壁は多い。最大の課題は政治的な影響で、政治対立や地政学リスクといった逆風が強まっている。また、日本企業がかつて現地化の際に直面した課題のように、中国企業も現地の消費者ニーズの把握とともに、どのように信頼を得てブランドへの支持を集めていくか、まさにこれからの挑戦となる。
(趙瑋琳〈チョウ・イーリン〉伊藤忠総研産業調査センター主任研究員)
週刊エコノミスト2024年8月13・20日合併号掲載
中国 海外進出する中国の消費財メーカー 価格・品質から「ブランド力」勝負へ=趙瑋琳