いよいよ年内にTSMC熊本工場始動 さらに深まる日本との協業 津田建二
TSMCは人材面や製造装置、材料など幅広い分野で日本との協業に期待し、第2工場も予定する。
電子機器の頭脳を担うロジック半導体で受託製造(ファウンドリー)の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の熊本工場がいよいよ年内に稼働する。工場を運営する日本法人JASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチュアリング)にはTSMCが過半を出資し、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)とデンソー、トヨタ自動車など日本企業も出資している。
新工場は300ミリメートルウエハーを毎月5.5万枚処理する生産能力があり、12ナノ~40ナノメートル(ナノは10億分の1)クラスのプロセスを行う。生産品目は自動車向けが中心だ。新工場への総投資額86億ドル(約1.2兆円)のうち、日本政府は最大4760億円を助成する。
SSSは「電子の目」としてスマートフォンのカメラなどに搭載される半導体製品のイメージセンサーを中心に生産する。スマホ向けでは世界トップシェアを握るが、車載向けでは米中の企業が過半数でSSSは15%程度。しかし、JASMとデンソー、トヨタを通じ、車載向けのシェア向上を狙う。加えて、SSSにとってセンサーの生産能力をすぐ上げたい場合、TSMCに依頼しやすくなる側面もある。
TSMCから見れば、SSSとの共通の顧客である米アップル向けの生産を強化できるメリットがある。もし、SSSのセンサーの生産能力が低く、出荷に影響を及ぼすなら、iPhoneの心臓部となる半導体チップを生産するTSMCも、チップの生産量を減らさざるを得ない。しかし、JASMがSSSの生産能力を補填(ほてん)できれば、TSMCもアップルの影響を受けずにすむ。
就職先に選ぶ学生が増加
日本では第2工場も予定され、計3400人の雇用計画がある。ビジネス用SNS(交流サイト)では関連の人材募集が連日、日本向けに出されている。待遇の良さや先端技術への魅力が日本の若年層にも刺激を与えているとみられ、京都大学大学院集積システム工学講座の橋本昌宜教授によると、学生・院生の就職先にTSMCが増えているという。日本の半導体人材の底上げにつながるだろう。
TSMC側にとっても、日本は人材の宝庫だ。台湾ハイテクジャーナリストの林宏文氏は、TSMCが持つ日米独の工場のうち、日本と台湾の技術や人材の相互補完性などから、日本が最も成功しそうだとみる。第2工場設立をすぐ決めたことも、TSMCが日本を評価している証拠だ。一方、米アリゾナ工場は補助金が出るのに1年以上かかった上、労働組合との交渉にも悩まされ、林氏はうまくいっていないと断言する。
TSMCの日本とのコラボレーション(協業)はJASMだけではない。TSMCは横浜・みなとみらいと大阪にIC設計センター、茨城・つくばには三次元ICパッケージング開発センターを持ち、設計からプロセス、実装までをカバーするのは日本だけ。加えて日本の得意な製造装置と材料でも補完できる。「ウィンウィン」の関係を重視するTSMCが今後、日本との協力をさらに深めることは間違いない。
(津田建二〈つだ・けんじ〉国際技術ジャーナリスト)
週刊エコノミスト2024年8月13・20日合併号掲載
下期総予測 TSMC熊本 いよいよ年内に工場始動 さらに深まる日本との協業=津田建二