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教養・歴史 通貨を学ぶ本

インタビュー「『経常黒字国は通貨高』を疑った」唐鎌大輔・みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

 日々投資家と情報交換する中、一向に円高に転じない背景を子細に調べた著者、唐鎌大輔氏の渾身の1冊が『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)だ。発売直後に増刷となった話題の書の舞台裏を聞いた。(聞き手=永野原梨香・ライター)

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唐鎌大輔著『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)
唐鎌大輔著『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経プレミアシリーズ)

── 本書は長引く円安の要因として円の需給に注目している。

■2022年の貿易収支赤字は史上最大の約21兆円、23年には史上4番目の9.4兆円。2年間で約30兆円もの貿易収支赤字は前例がない。「日本は今までよりも外貨が獲得しにくくなっている」というメッセージが本書の議論の要だ。

── 「経常黒字国は通貨高」という通説がある。

■その通説が通じないことをどう理解すればいいかが、前著『「強い円」はどこへ行ったのか』から私が抱いた問題意識だった。ディーリングルームに席を置き、事業法人や機関投資家と日々意見交換できる恵まれた環境にある私は、12年ごろを境に「円を買いたい人が多い市場」から「円を売りたい人が多い市場」に変わっていくのを確信した。そこで、国際収支を詳細に分析し独自に試算すると、統計上は経常黒字国だが、キャッシュフロー(CF)ベースの経常収支は赤字に陥っていることが判明した。

── もう少し具体的に。

■23年の21.3兆円の経常黒字は、第1次所得収支黒字(直接投資や証券投資の配当や利子)が34.9兆円と史上最大を更新した結果だ。経常収支は11年ごろから第1次所得収支で黒字が維持されている。第1次所得収支の大半が日本に還流していない。例えば、外貨建て金融商品の配当金などが外貨のまま再投資に回された分や、海外で企業が稼いだ分の再投資収益(内部留保として積み立てられた収益)の増加が、CFベースの経常赤字の大きな理由だ。

「仮面」の対外純資産国

── 「デジタル赤字」はじめ「新時代の赤字」にも注目している。

■デジタル赤字に相当する「通信・コンピューター・情報サービス」は23年に1.6兆円の赤字と、14年の0.8兆円の赤字から10年で赤字額が2倍に膨らんでいる。今や海外のデジタルサービスは経済活動のインフラだ。アマゾンジャパンが23年8月、アマゾンプライムの有料会員の価格を引き上げたが、利用者はそれを受け入れざるを得なかった。「言い値」の世界なので下がる見込みはない。デジタル赤字は拡大の一途をたどるだろう。

── その影響は?

■一国が債務国から債権国となり、最後は債権を取り崩していく展開を6段階で表した「国際収支の発展段階説」によると、12年ごろまでの日本は財を売っても投資でも外貨を稼ぐ「未成熟な債権国」という四つ目の段階にあった。22年、23年ごろには1段階進んで、財では外貨を稼げず投資収益で稼ぐ「成熟した債権国」の様相を見せている。このままデジタル赤字が膨らんでいけば、六つ目の「債権取り崩し国」に進む恐れもある。だが、この説が提唱されたのは1950年代。当時、デジタル赤字は想定されておらず、この説に依存した現状把握は時代に合っているか再考の余地がある。

── 日本は世界最大の対外純資産国というステータスがある。

■00年代初頭、対外純資産のほとんどは米国株や米国債などの海外有価証券だった。しかし、11年ごろから日本企業が海外企業買収などに力を入れた結果、19年ごろから対外純資産残高の半分近くは直接投資で構成されている。人口が減少し期待収益率が低い日本ではなく、成長が見込める海外に事業展開し、利益を現地に再投資するのは合理的な判断だ。戻ってこない外貨建て資産であれば、対外純資産国という面も「仮面」だろう。表面上の数字を見て「経常黒字も対外純資産も多いのに何を言っているのだ」という人もいるが、収支の中身を分析するとそうではない。

(唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト)


 ■人物略歴

からかま・だいすけ

 慶応義塾大学卒業後、JETRO入構、貿易投資白書の執筆などを務める。日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向などを経て2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)。主な著書に『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』『「強い円」はどこへ行ったのか』。


週刊エコノミスト2024年8月27日・9月3日合併号掲載

通貨を学ぶ本 インタビュー 唐鎌大輔 「『経常黒字国は通貨高』を疑った」

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