国際・政治 トランプvs.ハリス

米「改革保守運動」を体現するバンス氏 産業政策で中国と対峙主張 会田弘継

J.D.バンス氏はトランプ氏の後継として、すい星のごとく現れた(ウィスコンシン州の共和党大会で7月17日、Bloomberg)
J.D.バンス氏はトランプ氏の後継として、すい星のごとく現れた(ウィスコンシン州の共和党大会で7月17日、Bloomberg)

 わずか2年の上院議員経験で副大統領候補にのし上がったバンス氏の登場は、米政治の大きな地殻変動を表している。

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 銃撃事件を生き延びたトランプ前大統領を大統領候補として正式に指名した7月の共和党全国大会。副大統領候補に指名されたJ.D.バンス上院議員は受諾演説で、金融危機を引き起こしたとして「ウォール街の強盗集団」をたたき、多国籍企業や自由貿易を批判、「ウオール街のご機嫌とりはもうたくさんだ。われわれは労働者のために尽くす」と宣言した。その言葉の激しさに、ウォール街に戦慄(せんりつ)が走ったという。

 同大会では、全米最大級の労働組合であるチームスターズ(全米トラック運転手組合)のショーン・オブライエン委員長が同労組の121年にわたる歴史上初めて同大会で演説した。バンス演説とともに、共和党が大きく変貌していることを象徴した。

 バンス氏はトランプ氏以上に、従来の共和党保守政治を否定しようとしている。労働者との連帯を表明した指名受諾演説は、減税も「小さな政府」もうたっていない。テロとの戦いも、民主主義の拡大もない。ネオリベラル経済政策やネオコン型の積極的対外政策を特徴とするレーガン大統領以来の保守政治を拒んでいるのは、あきらかだ。

 アメリカ政治には大きな地殻変動が起きている。レーガン政権で本格化し、共和・民主両政権時代を通じて40年以上続いたネオリベラル経済・ネオコン外交安保政策の時代が終わり、アメリカ政治は次の局面に入ろうとしている。ちょうど1930年代から続いたニューディール型政治が四十数年で制度疲労を起こして、80年の「レーガン革命」によってネオリベ・ネオコン政治に置き換えられたように、いま後者が2016年「トランプ革命」によって新しい思想と政治に置き換えられつつある。

 仮にトランプが返り咲きを果たせば、その第2次政権は1期4年だけだ。早期のレームダック(死に体)化を克服するためトランプ以上にトランプ的なバンス副大統領を次期大統領にするとの方向性を強く打ち出すだろう。トランプ型のバンス政治が29年以降、2期なら8年続くというイメージがつくられる。実際に12年のトランプ~バンス時代となれば、アメリカも世界も大きく変貌しよう。

J.D.バンス氏の略歴1984 オハイオ州ミドルタウンに生まれる2003〜07 米海兵隊に従軍、半年間イラクへ 07 退役軍人支援でオハイオ州立大に 09 エール大法科大学院に 13 同大学院卒業 14 インド系のウーシャさんと結婚 16 ピーター・ティール氏のベンチャー投資企業に勤めながら、『ヒルビリー・エレジー』出版 21 オハイオ州上院議員選出馬表明、トランプ前大統領と和解 23 上院議員就任 24 共和党副大統領候補に

 バンス氏は16年、半生の回想『ヒルビリー・エレジー』を著して注目された。ヒルビリーとはアパラチア山系一帯に住む貧しい白人の蔑称である。「白いくず」と呼ばれ、黒人奴隷以下に見下げられていた時代もあった。自身オハイオ州のラストベルトのヒルビリーとして生まれ、悲惨な家庭生活と、そこからの脱出をつづった。バンス氏の回想は当時トランプ現象の底流にいる人々の悲惨な姿を見事に伝え、大きな波紋を広げた。

ピーター・ティール氏から影響

 苦学してエール大学法科大学院を卒業、在学中(11年)にベンチャー投資家で「シリコンバレーのドン」と呼ばれるピーター・ティール氏の講演を聴き、氏独特の人生観─競争社会の人間疎外、情報技術の空疎さへの批判─に触れ、大きな衝撃を受けたという。そこから、ティール氏のスタンフォード大学時代の師であるフランス人ポストモダン哲学者ルネ・ジラールの思想に触れた。ティール氏との出会いが、ベンチャー投資家への道へ進むきっかけとなった。

 その一方で、自身の半生記をつづりながら、ジラールの「供犠(くぎ)」論などの影響で宗教的思索を深め、聖アウグスティヌスの『神の国』の熟読を通じて、19年には無神論への傾倒を改めカトリックに帰依している。この改宗の過程で、バンス氏は「改革保守…

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