米「改革保守運動」を体現するバンス氏 産業政策で中国と対峙主張 会田弘継
わずか2年の上院議員経験で副大統領候補にのし上がったバンス氏の登場は、米政治の大きな地殻変動を表している。
銃撃事件を生き延びたトランプ前大統領を大統領候補として正式に指名した7月の共和党全国大会。副大統領候補に指名されたJ.D.バンス上院議員は受諾演説で、金融危機を引き起こしたとして「ウォール街の強盗集団」をたたき、多国籍企業や自由貿易を批判、「ウオール街のご機嫌とりはもうたくさんだ。われわれは労働者のために尽くす」と宣言した。その言葉の激しさに、ウォール街に戦慄(せんりつ)が走ったという。
同大会では、全米最大級の労働組合であるチームスターズ(全米トラック運転手組合)のショーン・オブライエン委員長が同労組の121年にわたる歴史上初めて同大会で演説した。バンス演説とともに、共和党が大きく変貌していることを象徴した。
バンス氏はトランプ氏以上に、従来の共和党保守政治を否定しようとしている。労働者との連帯を表明した指名受諾演説は、減税も「小さな政府」もうたっていない。テロとの戦いも、民主主義の拡大もない。ネオリベラル経済政策やネオコン型の積極的対外政策を特徴とするレーガン大統領以来の保守政治を拒んでいるのは、あきらかだ。
アメリカ政治には大きな地殻変動が起きている。レーガン政権で本格化し、共和・民主両政権時代を通じて40年以上続いたネオリベラル経済・ネオコン外交安保政策の時代が終わり、アメリカ政治は次の局面に入ろうとしている。ちょうど1930年代から続いたニューディール型政治が四十数年で制度疲労を起こして、80年の「レーガン革命」によってネオリベ・ネオコン政治に置き換えられたように、いま後者が2016年「トランプ革命」によって新しい思想と政治に置き換えられつつある。
仮にトランプが返り咲きを果たせば、その第2次政権は1期4年だけだ。早期のレームダック(死に体)化を克服するためトランプ以上にトランプ的なバンス副大統領を次期大統領にするとの方向性を強く打ち出すだろう。トランプ型のバンス政治が29年以降、2期なら8年続くというイメージがつくられる。実際に12年のトランプ~バンス時代となれば、アメリカも世界も大きく変貌しよう。
J.D.バンス氏の略歴
1984 オハイオ州ミドルタウンに生まれる
2003〜07 米海兵隊に従軍、半年間イラクへ
07 退役軍人支援でオハイオ州立大に
09 エール大法科大学院に
13 同大学院卒業
14 インド系のウーシャさんと結婚
16 ピーター・ティール氏のベンチャー投資企業に勤めながら、『ヒルビリー・エレジー』出版
21 オハイオ州上院議員選出馬表明、トランプ前大統領と和解
23 上院議員就任
24 共和党副大統領候補に
バンス氏は16年、半生の回想『ヒルビリー・エレジー』を著して注目された。ヒルビリーとはアパラチア山系一帯に住む貧しい白人の蔑称である。「白いくず」と呼ばれ、黒人奴隷以下に見下げられていた時代もあった。自身オハイオ州のラストベルトのヒルビリーとして生まれ、悲惨な家庭生活と、そこからの脱出をつづった。バンス氏の回想は当時トランプ現象の底流にいる人々の悲惨な姿を見事に伝え、大きな波紋を広げた。
ピーター・ティール氏から影響
苦学してエール大学法科大学院を卒業、在学中(11年)にベンチャー投資家で「シリコンバレーのドン」と呼ばれるピーター・ティール氏の講演を聴き、氏独特の人生観─競争社会の人間疎外、情報技術の空疎さへの批判─に触れ、大きな衝撃を受けたという。そこから、ティール氏のスタンフォード大学時代の師であるフランス人ポストモダン哲学者ルネ・ジラールの思想に触れた。ティール氏との出会いが、ベンチャー投資家への道へ進むきっかけとなった。
その一方で、自身の半生記をつづりながら、ジラールの「供犠(くぎ)」論などの影響で宗教的思索を深め、聖アウグスティヌスの『神の国』の熟読を通じて、19年には無神論への傾倒を改めカトリックに帰依している。この改宗の過程で、バンス氏は「改革保守(リフォーモコン)」という運動に接近した。改革保守運動は、それまでの消費拡大中心の経済政策を変革しようとして始まった。20年には「アメリカン・コンパス」というシンクタンクを創設、「産業政策」を導入して中国と対峙(たいじ)していくことを主唱して、トランプ政権ばかりかバイデン政権の半導体製造支援(CHIPS法)にも影響を及ぼしてきた。モノづくりによる米中産階級の再興をも狙っている。
トランプ第2次政権が生まれた場合、バンス氏と「アメリカン・コンパス」の関係は経済・通商政策に大きな意味を持つだろう。
16年当時、バンス氏はトランプ氏を否定的に見て、ヒトラーに例えたことさえあった。他方で、貧困から脱出しベンチャー投資家としてティール氏と組んで仕事をするようになっていた。22年の上院議員選挙出馬に当たって、ティール氏がバンス氏とトランプ氏の和解を仲介した。さらにティール氏は1500万ドルという巨額の選挙資金をバンス氏に与えている。周知のように、16年大統領選でティール氏は、当時ほとんどが民主党支持だったIT業界にあって、当初からトランプ氏を支持した一人だ。今回のトランプ前大統領による副大統領候補指名でもバンス氏はティール氏の後押しを受けた。
23年に上院議員となったバンス氏はグーグルをはじめ巨大IT企業の分割に取り組もうとした。ティール氏やその仲間である起業家イーロン・マスク氏らもグーグルなどの独占的地位を競争妨害だとして敵視しており、共闘している。
共同体主義に傾斜
バンス氏が副大統領候補となったことで、ティール氏だけでなく、マスク氏やベンチャー投資家マーク・アンドリーセン氏らが続々とトランプ陣営に多額の献金を寄せた。彼らの狙いは、人工知能(AI)と暗号通貨の規制阻止で、ティール氏の全面的支援で副大統領候補まで上り詰めたバンス氏を、規制阻止の先兵としようとしている気配だ。ウォール街には暗号通貨について慎重派もまだ多い。
ただ、ティール氏ら「テクノリバタリアン」らとの関係だけでバンス氏を評価していると見誤る恐れがある。カトリックに改宗する過程でバンス氏は「ポストリベラル」という思想集団と接近している。プロテスタンティズムや個人主義を核とするアメリカの建国以来の自由主義を批判的に見る思想家たちだ。代表的論客に邦訳もある『リベラリズムはなぜ失敗したのか』(原著は2018年)の著者パトリック・デニーンらがいる。ポストリベラルにはカトリックが多い。個人主義よりも共同体主義(コミュニタリアニズム)に傾斜する。
ポストリベラルの一部は、西側リベラリズムを批判し「家族重視」のハンガリー(カトリックが多い)のオルバン政権、さらにはロシアのプーチン政権にも接近している。バンス氏のポストリベラルな一面も注視しておく必要がある。
ウクライナ支援には反対するバンス氏だが、対中国では強硬で米軍の力を中国との対抗に集中させるべきだと主張する。半導体産業重視もあって台湾防衛にも積極的だ。台湾に防衛面で自助を求めるトランプ氏とはずれがある。
(会田弘継〈あいだ・ひろつぐ〉ジャーナリスト・思想史家)
週刊エコノミスト2024年9月10日号掲載
トランプVSハリス J・D・バンスとは何者か 米「改革保守運動」を体現 産業政策で中国と対峙主張=会田弘継