経済・企業 組織の多様性
活況!女性社外取締役の育成講座 主催業者がポスト仲介も 水沢薫
組織の多様性を高めるため企業が女性役員の登用を進める中、その実力を磨くための講座が相次いで設定されている。
社外取締役に求められる資質に男女の差なし
女性社外取締役の育成講座が相次いで開講されている。政府が男女共同参画会議で東証プライム上場企業の女性役員比率を2030年までに30%以上とする目標を掲げたが、企業内では即戦力の人材が不足している。一方、経営陣に参画したいキャリア女性も増えており、それぞれのニーズを橋渡しするのが狙いだ。講座は大手メディアや金融機関系の会社が運営しており、40〜60代の女性で盛況となっている。
日本経済新聞社は2024年7月から「女性の社外取締役育成講座」を開始した。全12講座で定員は30人。隔週土曜日の午前中に本社で社外取締役経験のある有識者らが講義する。
講座ではソニーグループやトヨタ自動車、三菱重工業など主要各社のコーポレートガバナンス報告書を読み比べ、企業統治の違いやそれぞれの抱える課題を考える。また、会計・財務や内部統制など、企業経営に必要な知識も学ぶ。
企業訪問し経営者と交流
さらに、実際に社外取締役を採用している企業を訪問し、社長らと意見交換をするインターンも実施した。兵庫県宝塚市に本社を持つ東証スタンダード上場の自動車部品大手、ハイレックスコーポレーションでは、宇都宮事業所に集まり、寺浦太郎社長と「低迷しているPBR(株価純資産倍率)をどう引き上げるか」といった課題に参加者が知恵を出し合った。AI教材を手掛けるatama plus(アタマプラス)では、参加者が同社のフランチャイズ塾事業の課題について、社外取締役の立場で稲田大輔代表と意見交換した。
女性役員ならではといえるのが身だしなみ講座だ。一流ホテルで勤務経験のあるコンサルタントから、会った瞬間に自分の価値を相手にわかってもらうための「セルフプロデュース論」を習得する。その一環として女性でも服装にジャケットは必須、香水をたしなむことも有効といった、2000年代から米国で潮流となった「エグゼクティブ・プレゼンス」の神髄を学ぶ。美容家によるヘアメークのレッスンも予定されている。
こうした内容は、英『フィナンシャル・タイムズ』紙や米ハーバード大学の生涯学習プログラムで実施されている社外取締役向けの講座も参考に企画された。
講座の参加資格は「一度も社外取締役を経験していない女性」で、会社員、個人事業主、弁護士、大学教員、メディア出身者などさまざまな経歴を持った女性が集う。参加費は4カ月で60万円超だが、定員30人に対し応募者数は倍以上あったという。日経グループによる、社外取締役のポジションの仲介もうたっており、こちらを期待した希望者も多いようだ。
運営責任者である木村恭子・日経ヒューマンキャピタルラボ所長は、元々、記者出身。「『女性を活用すべき』という記事をたくさん書いてきた。それでも社会の変化は遅い。いっぽう専門的な力を持ちながら、社内でマネジメント層になるチャンスに恵まれず定年を迎える時期に差し掛かり、第2のキャリアを模索する女性たちがいる。自分の専門性を見つめ、何ができるかのスキルマトリクスを作り、足りない部分を講座で補強してほしい」と語る。
修了後のポスト仲介も
ポストの仲介は日経グループ内外のネットワークを活用する。「確約するものではないが、中小企業や地方の企業、顧問やアドバイザーといった紹介も視野に置いている。修了後のサポートの方が大事と考えている」(木村さん)。年内に第2弾も開講、次回からは座学と実践を分けた形でより講座内容を充実させるという。
三井住友銀行系の人材紹介会社SMBCヒューマン・キャリアでは、今年8月から10月まで全6回、「社外取締役養成講座」を開講中だ。昨年夏に続く2期目で、講義は平日午後に開いている。女性限定ではないが、参加者の半数は女性、40〜50代が中心という。「取引先などステークホルダーからの要請もあり、社外役員の実力に対する要求レベルは上がっており、生半可な勉強では追い付かない。役員のノウハウを学びに来る人も多い。旬な話題で知識を身に付ける必要があると考え、サステナビリティー(持続可能性)も講義に加えた」と佐藤耕司社長。受講者は講座修了後に同社に登録すれば、仕事のマッチングサービスを受けられる仕組みになっている。
日本でも女性役員の登用は確実に増えている。企業統治助言会社プロネッドの調べによると、24年7月1日現在、東証プライム上場企業1639社のうち、女性社外取締役数を選任した企業は全体の91%の1488社(23年は81%の1478社)に伸びた。社外取締役(延べ人数)のうち、女性は33%の2306人(同28%の2059人)。これが社内登用を含めた女性比率となると、全体の17%(社外15%、社内1・8%)の2588人(同14%の2318人)とぐっと下がる。属性はトップが弁護士(27%)、次いで大学教授(15%)、会計士・税理士(14%)、官僚など政府機関出身者(12%)で、これらで7割近くを占めている。
酒井功社長は「時価総額の大きい企業の株主には、海外の機関投資家も多い。彼らの判断基準は『多様性』にあり、企業価値の向上と事業の成長には、さまざまなバックグラウンドを持つ社外役員によるそんたくのない議論で、意思決定のクオリティーを上げなければならない。だから、まずは女性登用を、という流れになる」と話す。
プロネッドは女性社外取締役の紹介も行っている。企業からの照会が最も多いのが、企業の経営幹部経験者だ。だが、そんな人材は多くなく、需要は一部に集中する。登用は「数合わせ」となり、複数社を兼任する女性も多い。同社調査では、東証プライム上場企業で4社もの社外取締役を兼任する弁護士、大学教授、コンサルタント、元女子アナらの名前も並ぶ。「片手間ではなく専任のつもりで仕事をしなければ。2社まではよくても、兼任する会社によっては3社以上は難しいのではないか」(酒井社長)
何かと話題になるのが「タレント・有名人枠」だ。女優の酒井美紀氏(不二家)のほか、今年の株主総会ではドトール・日レスホールディングスの岩田明子氏(元NHK記者)、社外監査役ではトヨタの長田弘己氏(元中日新聞記者)の登用が話題になった。長田氏は経済部出身で、トヨタの「豊田章男会長のお気に入りの番記者だった」(中日新聞記者)。そんな社外役員が、会社のために耳の痛いことが言えるのだろうか。
酒井社長はこうした登用について「一概に否定できるものではない」との見方だ。「選任理由は会社が何を求めているかによる。ジャーナリストなら、企業が分からない世の中の動きを伝えられ、女子アナであれば、コミュニケーション力、発信力が参考になる、というプラスの側面はあるだろう」
ユーチューバーを役員に
一方で、「数合わせ」を超えて、女性社外取締役を企業価値の向上に積極的に活用する企業も出始めている。アウトドア・作業服大手ワークマンは昨年、ユーチューバーの濱屋理沙さんを社外取締役に登用した。ワークマンにはブロガーやインフルエンサーに意見を聞く無報酬の「アンバサダー」という制度がある。濱屋さんはそのメンバーで、展示会や新商品にいち早く接して自分のチャンネルで流す一方で商品開発に参加、多くのヒット商品を出してきた。濱屋さんは「無報酬という点にモヤモヤ感があった。役員に『私を社外取締役にしたらこれだけのメリットがあります』とリポートをまとめて直訴した」と語る。会社側も従来の「数合わせ」に一石を投じたいと考えていた。濱屋さん登用の結果、女性の入社希望者が急増する副次効果もあったという。
濱屋さんは、不足していた財務やガバナンスの知識は外部の社外取締役講座で習得した。「営業部門の会議など、いろいろなところに顔を出して、社内を見渡し、社員の皆さんとお話しするように心がけている。女性が全社員の2割程度しかいない会社なので、例えばセクハラ問題などが出てきた時は、私が相談先になれたら」(濱屋さん)と抱負を語る。
女性の企業経営への参画の意義は何か。日本取締役協会の冨山和彦会長は、「既存事業の改善と新規事業のイノベーションを同時に行う「両利きの経営」にこそダイバーシティーが必要」との考えだ。「日本経済が停滞しているのは、ガバナンス経営がうまくいっていないから。社外取締役は『数合わせ』で集められ、会社に従順で都合のいい人材しか置かれていない」(冨山会長)。それを補完する意味で各種の社外取締役の育成講座は意義があるという。
そのうえで、社外取締役に必要なのは、「業種の専門知識ではなく、企業の立ち位置となすべき方向が分かる目利き力と、そんたくなく議論し、いざとなれば社長にノーを突き付けられる胆力である」と強調する。こうした資質に経験の差はあるが、男女の差はない。女性社外取締役講座の活況は、日本の企業経営に新風を吹き込む前触れかもしれない。
(水沢薫〈みずさわ・かおる〉ジャーナリスト)
週刊エコノミスト2024年9月10日号掲載
組織の多様性 女性社外取締役の育成講座が盛況 第2のキャリアへ40~60代が挑戦=水沢薫