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生成AIの普及に向けた4つの壁 「幻滅期」を乗り越えるための処方箋 長谷佳明

生成AIを使いこなすにはまだ壁がある(写真は2月にスペイン・バルセロナで開かれたモバイル・ワールド・コングレス会場での生成AIアシスタントのデモンストレーション) Bloomberg
生成AIを使いこなすにはまだ壁がある(写真は2月にスペイン・バルセロナで開かれたモバイル・ワールド・コングレス会場での生成AIアシスタントのデモンストレーション) Bloomberg

 帝国データバンクが8月に公表した「生成AIの活用状況調査」(8月1日)によると、日本国内で生成AIを活用する企業の割合は17.3%であった。用途は「情報収集(59.9%)」「文章の要約・校正(53.9%)」「企画立案時のアイデア出し(53.8%)」などが上位で、日々の業務の効率化にとどまっている。

 また、調査会社ガートナージャパンが9月10日に公表した「生成AIのハイプ・サイクル : 2024年」によると、生成AIは「幻滅期」に入っているのだという。

 ガートナーの「ハイプ・サイクル」とは、新技術に対する企業の期待度の変化が、時間とともに変化する様を可視化したものである。具体的には新技術は「黎明期」を経て、急激に期待値を上げ、ひとたびは期待の頂点を迎える。これを「『過度な期待』のピーク期」と定義し、その後、期待は失望に変わり「幻滅期」を迎える。

 ただ、真に有望な技術は、その後、時間とともに次第に価値を認識させ始め、活用事例が増加する「啓発期」を経て、技術が広く普及する「生産性の安定期」を迎える。生成AIは、熱狂的で過熱感に満ちた23年のブームを経て、現在は、企業も冷静に技術を見極め、その活用の難しさを痛感しているのではなかろうか。

 生成AIの現状は、大多数の企業にとって、価値があるかどうかを理解する「試用」の域を出ず、その能力を最大限に生かす「実用化」に向けては、まだ多くの壁がある。

可能性を示したChatGPT

 生成AIが、実用化に向け、越えなければいけない壁を図に示した。ChatGPTの前身であるGPT-3は20年に登場したものの、推論結果にあまりのバラつきがあり、企業での活用はほとんど進まなかった。

 しかしその後、22年のChatGPTの登場は、生成AIの可能性を世に示すまたとない機会となった。まさに「可能性の壁」を越えたのである。アライメントと呼ばれる人間らしい価値観や会話のやり取りを学んだ結果、推論結果はGPT-3と比べ格段に安定した。23年に入ると、オープンAIの商用サービスであるChatGPT Plusや、マイクロソフトの提供するクラウドサービスAzureの環境にChatGPTクローンを構築するなど、自社専用のシステムを導入する企業が相次いだ。

 現在は、実用化の第一関門である「信頼性の壁」を越えている最中にある。生成AIが自社の商品情報や業界用語を理解できるよう、さらに学習したり、検索拡張生成(Retrieval Augmented Generation、RAG)と呼ばれる、推論時に関連する外部情報を添えるよう改良したりするなど、回答精度を高めるための試行錯誤を繰り返している。

 また、生成AI特有のセキュリティー対策も欠かすことができない。生成AIが本来、受け付けるべき範囲のデータであるか、答えて良い範囲のデータであるか確かめる、ガードレールの設置などである。

必要な信頼性レベルは業種で異なる

 ただし、信頼性の壁を越える難しさは、業種や用途により異なる。たとえば、オンラインショッピングサイトにおける自然言語を用いた商品提案は、全く見当違いであると困るが、キーワードによる検索と比べ、顧客の意図に沿った商品がより多く含まれていたり、顧客に新たな気づきを与えたりするものであれば、十分に有効である。

 一方で、金融機関など極めて高い信頼性が求められる業種では、顧客の課題や期待をくんだ最適な解であることが求められる。一口に信頼性といっても、壁の高さには違いがあり、この“読み間違い”が、生成AIに対する期待と現実のギャップとして表れている。この「壁の高さ」は、すなわち、ガートナーのハイプ・サイクルにおける幻滅期の「谷の深さ」ともいえる。

経済産業省
経済産業省

 信頼性の高い生成AIが完成したその先には、いよいよ「実用性・コストの壁」が立ちはだかる。AIを効果的に活用するためには、普段、顧客が利用しているサービスや、従業員が業務で利用しているシステムと連携している必要がある。つまり、システムインテグレーションである。

 用途によっては、会計システムや販売管理システム、顧客管理システムなどの基幹系とAIとを連携し、使いやすくする必要もある。無論、システムには、保守性やコストも同時に求められる。いくら性能が良くても、桁違いの費用が発生するモデルでは、この壁を越えられないため、省力化も重要なテーマとなる。

生成AIの「2025年の壁」

 企業によっては、実用性・コストの壁の先に、最後に、もう一つ壁が立ちはだかる場合がある。内閣府のAI戦略会議では2024年5月から、生成AIを念頭に、開発者、提供者、利用者らに対する法規制の議論が始まっている。

 極めて高性能なAIは、汎用的にさまざまな用途に活用されうるため、問題が生じた際の影響が広範囲に及ぶこと、金融や電気・ガスのような社会インフラとなっているような業種は、障害発生時の影響が甚大であるため慎重なAIの利用が望ましい。今後、AIの安全性などに関する新たなルールが定められる可能性もあり、第4の壁「法規制の壁」にも注視していく必要性が高まっている。

 来年はIT業界では気になる「2025年の崖」の年となる。「2025年の崖」という言葉は、18年9月に経済産業省が発表した「DXリポート」で登場した。当時の推計で25年には、コンピューター関連で20年以上稼働するレガシーシステムが国内で6割を超え、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)の足かせとなって、年間で最大12兆円もの経済的損失を生じさせるというものだ。

 一方で、DXを加速する役割として期待される生成AIには「可能性の壁」や「信頼性の壁」が立ちはだかる。これら壁は「2025年の崖」に加えて存在する、生成AI普及に向けた「2025年の壁」である。日本企業には、二つの立ちはだかる障害をどう超えていくかの戦略が求められることになる。

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