“有事の金”の国際価格 来夏は3000ドル? 塚本卓治
金価格は米国の利下げや、地政学リスクなど値上がりの材料に事欠かない状況が続きそうだ。
一般的に、金利が上がれば金(ゴールド)価格は下落する一方、金利が下がれば金相場は値上がりすると考えられている。金はそれ自体に価値がある資産である一方、利子や配当があるわけではないためだ。日本が「金利ある世界」に向かう中、金価格はどう動くのか。
日銀は7月30、31日の金融政策決定会合で、政策金利を現行の「0~0.1%程度」から「0.25%程度」に引き上げることを決めた。日銀は声明文で、物価2%目標の持続的・安定的実現の観点から「金融緩和の度合いを調整することが適切だと判断した」と説明した。
今回の利上げ決定と市場金利の上昇を受け、一部の大手銀行は円預金金利と住宅ローン金利(変動型)の基準となる短期プライムレートを9月から引き上げると発表した。日本経済が「金利ある世界」に突入する中、金価格への影響は避けられない。
米利下げも「追い風」
大手貴金属会社の金小売価格(税込み、手数料除く)の推移を見てみると、7月31日の1グラム=1万3048円から8月30日には同1万2959円へ下落した。円ベースでは、「金利復活」によって投資対象としての金の魅力は薄れたかのようにみえる。
しかし国際的な金価格は逆に、1トロイオンス=2426.30ドル(7月31日)から同2513.35ドル(8月30日)へ上昇した。金価格は、日本の金利ではなく米国の金利見通しの影響をより強く受ける傾向があるためだ。
米連邦準備制度理事会(FRB)は7月30、31日に連邦公開市場委員会(FOMC)で、政策金利であるフェデラルファンド・レート(FF金利)の誘導目標を現在の5.25~5.50%に据え置くことを決定したが、パウエル議長は記者会見で、今後利下げを決める可能性があると述べた。FRBは9月18日、0.5%の利下げを発表した。政策金利の引き下げは4年半ぶりとなる。
このように米国が利下げを進める中、投資対象としての金の魅力が上昇し、今後一層価格が上昇する可能性がある。米国の金利低下は金価格にとっては「追い風」になりそうだ。
では、なぜ日本の金価格は下落したのか。それは日本の金価格がドル・円相場の影響を受けるからだ。
国際的な金市場は現物市場と先物市場に大別される。金の現物の代表的な市場はロンドン市場で、先物の代表的な市場はニューヨーク市場だ。ここでは金の現物に絞って話を進めていこう。
ロンドンの金現物市場ではロンドン時間の午前と午後の1日2回、値決め(フィキシング)が行われ、ロンドン貴金属市場協会(LBMA)が金価格を公表する。こうした国際的な金の現物価格は1トロイオンス(31.1035グラム)当たり米ドル建てで表されるが、日本の貴金属会社は、この金価格を日本円とグラムに換算して発表している。
日本円に換算する際に、為替が円高になると国際的な金の価格が上昇しても円建ての金価格は下がることがある。8月の金価格は国際的には上昇していたにもかかわらず、日本では円建てでみると金価格が下がってみえたのは、7月末から8月末にかけての急速な円高進行が原因になっている。「為替のからくり」が金価格を見かけ上、押し下げていたと考えられる。
ではこれからの国際的なドル建ての金価格はどうなるのか。筆者は2025年半ばまでには1トロイオンス=3000ドルへと上昇する可能性があるとみる。根拠は大きく三つある。
一つ目は米国の金融政策の転換だ。前述したようにFRBが利下げを開始する中、市場では25年末に向けて計2.5%程度の利下げを織り込んでいる(9月12日現在)。米国が利下げに転換すると金価格は上昇しやすい傾向が過去のデータでも裏付けられている。06、18年の利上げ終了時から500日間(休場日などを含めれば約2年間)の金価格の推移を示した(図1)。この期間の終盤には金価格は最大70%近い伸びを示した場面もあった。
FRBは22年以降、急ピッチで金利を引き上げてきた。その利上げ終了時点を「23年7月26日」とすると、24年8月時点ではすでに29%増加した。23年7月時点では1トロイオンス=約2000ドルだったことを考慮すれば、25年夏には50%増の3000ドルに達する可能性もある。
二つ目は世界情勢だ。ロシア、中東情勢のほか、米国の大統領選と債務上限問題・国債の格下げリスクなどが不安視される。こうした政治、軍事、金融市場的な緊張は「有事の金」の相場を押し上げやすい。企業リスクや信用リスクがない「安全資産」として、金への資金流入が続くだろう。
三つ目は中央銀行の需要増だ。国際調査機関のワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が世界の中央銀行を対象にした6月の調査によると、今後12カ月で金の保有量が増加すると回答した中銀は8割に上った。
一方で米経済が減速せず利下げ期待が後退すると、金価格は反動で下落したり、上値が抑えられたりする可能性がある。ただ価格が下がれば買いたいという現物需要も根強く、相場の下落局面では押し目買いも入りやすい。
「円建て」の落とし穴
ドル建ての金価格の動向について考えてきたが、円建ての金価格はさらに為替レートの影響を受けるため、円高がさらに進めば下落することが懸念される。円建ての米国株式投資も同様だ。為替レートは多くの要因で変動するが、日本の金利が上昇し、米国の金利が低下すれば金利面からは米ドル安・円高の圧力を受けやすい。
円高による金価格(円建て)の下落圧力を抑えるためには、為替変動リスクを低減する「為替ヘッジ」の活用も選択肢の一つになる。円に換算した金価格と、米国株式のチャートを示した(図2)。7月から8月にかけての急速な円高進行によって、金価格、米国株式ともに大きく下落したが、為替ヘッジ(円ヘッジ)をかけた金価格は比較的、安定した値動きになっている。為替ヘッジには一定のコストはかかるものの、円建ての米国株式などと組み合わせた分散投資の効果も期待できる。
(塚本卓治〈つかもと・たくじ〉ピクテ・ジャパン投資戦略部長)
週刊エコノミスト2024年10月8日号掲載
いまこそ始める日本株 ゴールド 来年夏には3000ドル視界へ 「有事の金」一層重み=塚本卓治