日本企業よ!買収提案は起死回生のチャンスだ 荒木涼子・編集部
祖業を切り離し、稼ぎ頭のコンビニに集中投資する──。セブン&アイ・ホールディングスの長年の懸案事項とされながら決断できなかった事業ポートフォリオの見直しは、1件の外資の買収提案であっさり決着した。筋肉質になり、ガバナンス改革が進んだ日本企業は気がつけば、円安も重なり「大バーゲンセール」になっていた。
「買収提案を経営陣が握りつぶすのも、以前ならあり得たかもしれない」──。セブンがカナダのコンビニエンスストア大手アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けていたことを明らかにした点をマネックスグループの松本大会長は感慨深げに語る。しかも、セブンが、その後、社外取締役で構成する特別委員会を設置し、そこで買収提案を受け入れるかどうかを検討するという手続きを何よりも高く評価する。
しかし、その一方で、松本氏によるとセブンの対応は日本企業の経営陣にとって「パンドラの箱を開けた」ことを意味するという。「今後、買収提案を受けた企業が、経営陣で検討するとしたら株主やマスコミから批判が来るだろう」
ガバナンス改革
なぜセブンは買収提案を公開し、社外取締役らに判断を委ねたのか。背景には政府や東京証券取引所が長年促してきた、企業のガバナンス改革がある。
バブル崩壊後の1990年代後半以降、企業業績の低迷が続き、不祥事も相次いだのをきっかけにコーポレートガバナンス(企業統治)に注目が集まるようになった。2013年ごろから改革が本格化。15年には東京証券取引所が企業統治の原則・指針をまとめた「コーポレートガバナンス・コード」を導入した(下表参照)。
国内のコーポレートガバナンス改革の主な経緯
2014年2月 スチュワードシップ・コード策定(17、20年改定)
6月 会社法改正(社外取締役を置かない場合の理由開示義務付け)
15年5月 コーポレートガバナンス・コード策定(18、21年改定)
18年6月 投資家と企業の対話ガイドライン公表(21年6月改訂)
19年6月 公正なM&Aの在り方に関する指針
12月 会社法改正(社外取締役1人の設置義務付け)
23年3月 東証、PBR(株価純資産倍率)の改善要請
8月 企業買収における行動指針
(出所)経済産業省、金融庁のホームページより編集部作成
改革の一つの到達点が、経済産業省が昨夏に策定した「企業買収における行動指針」、通称“M&A(エムエー)指針”だ。大和総研の遠藤昌秀・主任コンサルタントは、「指針は法的拘束力こそないが、企業への影響は大きく、プロセスの透明化が進んだ。株主にとってメリットになる話は真摯(しんし)な検討を行う必要がある」と指摘する。
今後、海外企業からの買収提案は増えるのか。丸紅経済研究所の今村卓所長は「失われた30年で多くの日本企業は着実にコストを削減して収益を積み上げた。一方で新規事業への投資はこれから。そこに改革が進み、伸びしろがあると良い意味でバレた」と話す。
企業は過剰設備を解消し、不良資産も手放し、“身ぎれい”になった。加えて東証は23年3月、「『資本コストや株価を意識した経営』の推進に関するお願い」を要請。「PBR1倍割れ改善要請」と報じられたものだ。その効果もあり、「1倍なんて考えられない」としていた経営層の意識も変わってきた。「皮肉にも、円安も重なり、海外勢から見たら、好条件のものがぞろぞろと店頭に並んでいるイメージだ」(今村所長)
しかし、世界で人口減少社会の最も先端を走る日本にとり、現在の状況は起死回生のチャンスだ。これまで日本は、海外からの直接投資が圧倒的に少なかった。一方で松本氏は「日本のコーポレートガバナンスや資本市場の枠組みは米国と遜色ない」と評価する。そして、株主を大切にする企業も増えている。外資を呼び込む環境は整ってきた。
今村所長は「外には巨大なマーケットが待つ。日本には素晴らしい技術を持つ中堅、中小企業がたくさんある」と海外に目を向けることの重要性を指摘する。ASEAN(東南アジア諸国連合)や韓国などの企業も日本に注目しているという。「『買収からの防衛』というマインドは変えるべきで、傘下に入るのもよし、自ら海外に出るのもよし。今こそ資金や人を注入し、持てる技術を売り出すときだ」
セブンは10月10日、主力のコンビニ以外の非中核事業を分離すると発表。4月にはイトーヨーカ堂を中心としたスーパー事業の新規株式公開(IPO)に向けた検討を始めると発表していたが、買収提案を機に、早期の企業価値向上を目指す方針に転換した。ガバナンス改革と稼ぐ力をつけ“お買い得”に育った日本企業の経営陣は真価が問われる。
(荒木涼子〈あらき・すずこ〉編集部)
週刊エコノミスト2024年10月29日・11月5日合併号掲載
セブン・ショック 日本企業よ!買収提案は起死回生のチャンスだ=荒木涼子