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ノーベル経済学賞受賞でアセモグルMIT教授の政策提言に一層の影響力も 柳川範之
2024年のノーベル経済学賞受賞は米マサチューセッツ工科大学(MIT)のダロン・アセモグル教授、サイモン・ジョンソン教授と米シカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授に決まったが、特にアセモグル氏の受賞については、意外感を覚えた経済学者は、かなり少なかったのではないか。タイミングについての予想の違いはあれども、いつかは受賞する人というのは、多くの研究者が持っていた印象だろう。それほどまでに、アセモグル氏の業績は圧倒的であり、貢献分野は多岐にわたる。そのため、この受賞が経済学という学問や社会や政策に与える影響を簡単に説明することは実は難しい。
授賞理由は、社会制度が長期的な国家の繁栄に与える影響の解明で、今回をきっかけに改めて、政治制度を含めた社会制度に注目が集まるだろう。税や補助金をどうするという経済政策だけでなく、法律や制度をどう改定し、技術や社会環境の変化に合わせてどう再構築していくかは、AI(人工知能)などが急速に発達する今だからこそ、重要な意味をもつ。
また、政治体制の違いが経済に与える影響や、紛争による経済体制の混乱などが経済発展に与える影響を分析することによって、どういう政治体制が望ましいかを考えることは、たとえそれを簡単に選ぶことはできないにしても、大事なことだろう。
今後、こうした観点からの分析や研究の大きな進展が期待される。その点では、制度のあり方が改めて問われているこのタイミングで、彼らがノーベル経済学賞を受賞したことには、大きな意義と意味があったといえるだろう。
神ではない
しかしそれだけではなく、影響はもっと多方面にわたるだろう。学術的な面でいえば、狭い意味での経済学にとどまらず政治学や歴史学に与える影響の大きさが指摘されている。さらにいえば、アセモグル氏は現実の政策問題についても幅広い提言を行っている。技術革新が公平性に与える影響やAIの発展の影響、IT企業による独占に対する評価など、今日的であるが、意見の分かれがちな問題に対して、積極的に発言している。ノーベル賞の受賞で、影響力はさらに大きくなっていく可能性がある。
ただし、ノーベル賞を取ったからといって、主張がすべて正しいと考えるのは危険だ。特に日本では、ノーベル賞受賞者というと、あたかも全ての経済問題に対して正しい答えを提供する神のように扱う傾向がある。しかし大きな間違いだ。今後、アセモグル氏が多方面で政策的な議論を展開することが予想される中、主張が傾聴に値するものも当然ある。が、それをうのみにして、ノーベル賞受賞者が言っているから間違いない、とすべて無批判に受け入れるようなスタンスは避けるべきだろう。
(柳川範之・東京大学大学院経済学研究科教授)
週刊エコノミスト2024年11月12・19日合併号掲載
FOCUS ノーベル経済学賞 国家間格差研究に米3氏 社会制度のあり方問う=柳川範之