パナソニックは「買い」か「売り」か 日立、ソニーに続く復活の試金石 浜田健太郎・編集部
日本の株式市場は今年2月、34年ぶりにバブル後の高値を更新し、7月には日経平均株価が4万2000円台と史上最高値を更新するなど、久しぶりの投資ブームに沸いている。そうした中、ある投信会社の経営者は、パナソニックホールディングスの動向が気がかりだ。「投資を決定する際の社内議論で、もっとも話題に上るのがパナソニック。『買い』か『売り』か意見が割れる銘柄」と話す。「株価がこれだけ出遅れているのにまだ目覚めない。一方で、これだけ株価が低迷しているから何かするだろうという期待もある」と葛藤を語る。
パナソニック株の低迷ぶりはライバルと比較すると鮮明だ。株式時価総額(図1)はパナソニックの約3兆円に対して、日立製作所は18.6兆円、ソニーグループ16.5兆円と大幅な開きがある。資本市場の評価を示す株価純資産倍率(PBR)は、日立が3.1倍、ソニーが2.05倍に対してパナソニックは0.6倍。東証が求めている1倍の水準を大きく割り込んだままだ。
楠見雄規社長(グループCEO)は今年5月のグループ戦略説明会で、「当社は危機的状況にあると認識している」と強い言葉を発した。成長領域と位置付けている電気自動車(EV)向け電池事業と空調事業で計画を大幅に下回り、「株主・投資家の期待に応えられてない」と認めた。年明け以降に発表見込みの新中期経営計画で、どれだけ踏み込んだ施策を打ち出すのかを市場関係者は注視している。
ただ、資本市場の世界では悠長に構えている人は少ない。21年4月のCEO就任からすでに3年半を経過した楠見氏に対して、「24年度の業績次第では辞任を含めた責任を問う声が高まるだろう」(投資会社のファンドマネジャー)との指摘が聞かれる。
冒頭の投信会社経営者は、「パナソニックは30社程度の中堅企業の集合体だ。それゆえに何の会社なのかが明確でない」と厳しい見方を示す。
重要な自社の「定義」
「20世紀のソニーはウォークマンやトリニトロンなどで『感動』を届けることに貢献してきた。21世紀のソニーは『感動』をつくるところに貢献したい」──。今年5月の経営方針説明会でソニーの吉田憲一郎会長はこう語った。
古くは1968年のCBS・ソニーレコードの設立、89年に米コロンビア・ピクチャーズの買収を進めるなど、ソニーは「ハードとソフトの融合」にまい進。さらには、生損保やネット銀行など金融分野にも事業領域を拡大し、世界で類例のない事業ポートフォリオを形成した。ただ、そのことは、社内外から「ソニーとは何の会社であるのか」という問いを生むことになった。特に00年代末から10年代半ばまで続いた経営不振の時期は、エレクトロニクスで成長した時代を知る古参の幹部から、「ソニーは電機の会社だ」と強調する声も聞かれた。
「ハードかソフトか」という「神学論争」に終止符を打ったのが、当時の社長兼CEOの平井一夫氏だ。平井氏は「ソニーは何の会社であるのか」との問い掛けに対して、「感動(KANDO)」という言葉を提示。ソニーは自社の存在意義を再定義することで、経営不振の泥沼をくぐり抜けた。その後、営業利益は22年3月期は1兆2023億円、23年3月期が1兆2082億円と2年連続で過去最高を更新した。
一部にある「ソニーはものづくりの会社ではなくなった」との批判は正確ではない。スマートフォンのカメラに搭載される「電子の目」となる半導体製品のCMOSイメージセンサーは世界シェアでトップ。CMOSイメージセンサーはスマホ以外に自動車などにも広がることは確実だ。かつて米インテルのCPUが「インテル・インサイド」としてパソコン市場でデファクトスタンダード(事実上の標準)となったように、ソニーのイメージセンサーは、スマホや車におけるデファクトになっている。「ソニーがイメージセンサーを手放すことは考えられない」(ベテラン電機アナリスト)とみるべきだろう。
DXで復活、日本の製造業
パナソニックと対照的に株式市場の信認を高めているのが日立だ。株価はこの1年間で2.2倍に上昇。株式時価総額の国内ランキングは、トヨタ自動車(41兆円)、三菱UFJフィナンシャル・グループに次ぐ3位に浮上するが、このことを日立の経営陣はさほど気にしていないだろう。視線の先は、世界の強豪とどう競争していくのかに移っているはずだ。
同社の東原敏昭会長は著書で、「日立にはIT、OT(現場技術)、プロダクト(製品)いずれの分野にも、高い技術と経験、人財、ソリューションが蓄積している。このすべてを併せ持つ会社は世界でもあまりない」(『日立の壁』)と強調している。ソニーが自社の存在価値を「感動」と凝縮したのと同様、日立は「社会イノベーション」に集約。同社が幅広く手掛けるインフラ関連事業にデジタル技術という横串をさして、製品の売り切りが中心だったビジネスモデルから、ソリューションを顧客に提示して価値を提供する企業へと変革した。
経営学者で早稲田大学ビジネススクールの入山章栄教授は、ものづくりに強い日本企業から、今後、世界市場で大勝ちする企業が相次いで出てくるとの見方を示した。その理由について入山教授は、「インターネットとSNSが普及した『第1次デジタル革命』で日本は惨敗したようにみえるが、実はたいして負けていない。スマホが普及してその中のホワイトスペース(未開拓領域)をGAFAに取られただけだ」と指摘する。
その上で入山氏は、「第2次デジタル革命はIoT(モノのインターネット)の時代に突入し、あらゆるものがデジタル技術につながるので、ものづくりに強くないと勝てない。日立やパナソニックだけでなく、ソニーもまだ一部は製造業の会社であり、今後は日本のものづくりの力が復権する。ただし、その際にはデジタル化への転換は必須だ」と強調した。
(浜田健太郎・編集部)
週刊エコノミスト2024年11月12・19日合併号掲載
日立・ソニー・パナソニック パナソニックは「買い」か「売り」か 日立、ソニーに続く復活の試金石=浜田健太郎