教養・歴史 書評

経済学が「陰鬱な科学」でないことを原点の平等主義から説き起こして解説 評者・原田泰

『経済学者のすごい思考法 子育て、投資から臓器移植、紛争解決まで』

著者 エリック・アングナー(ストックホルム大学教授) 訳者 遠藤真美 早川書房 3300円

Erik Angner
 ストックホルム大学の実践哲学教授として、哲学・政治学・経済学を統合したプログラム(PPE)を指導している。経済学と哲学の接点に関する2冊の著作がある。

 本書は、経済学は陰鬱な科学ではないという。経済学を陰鬱な科学と呼んだのは、19世紀の人種差別主義者であり、封建主義者だった。経済学者は、人間は平等だと考えており、奴隷解放を支持していた。経済学の父のアダム・スミスももちろんそう考えていたという。確かに、スミスが社会道徳として人間の共感に裏付けられた正義を唱えたのも、平等な人間だから他人に対する共感によって人々に共通の正義が実現できるわけで、平等でなければ不可能だ。

 経済学の思想の源流の一つである功利主義について考えれば、そのことはより明らかだ。功利主義のスローガンは、最大多数の最大幸福なのだから、すべての人間の幸福を足し算できると考えているという。これは身分社会や奴隷制社会にあっては破天荒な考え方だ。王の幸福も庶民の幸福も奴隷の幸福も同じで足すことができるという考え方は、平等主義に裏付けられたものに違いない。このような経済学の発想は、当時の伝統的な身分社会を揺るがすので、陰鬱な科学と呼ばれたのだという。

 平等な人間は自由に幸福を追求できるというのが経済学の基本的な哲学だ。ここから合理的個人を前提とした経済学の理論が始まる。つまり、経済学は人間の平等と自由と発展する未来を語っており、決して陰鬱な科学ではなかったと本書は述べる。

 本書は、このような経済学の哲学から始めて、経済学の道具を説明し、貧困をなくすこと、子どもの育て方、気候変動、臓器移植、幸福になるには、お金持ちになるにはなど、多様な課題を経済学で議論していく。 二つだけ紹介したい。

 経済学は、貧困は、性格がだらしないことでも、道徳観念がないことでもなく、お金がないことだと考える。人間が平等であるという考えからすれば当然の発想でもある。貧困をなくすにはベーシックインカム(基礎的所得)の給付が有効だということでもある。これはハイエクも推奨する方法だった。実際に、貧しい人に使い道に縛りのないお金をわたした場合、必需品を買わずに無駄遣いをすることはなかったという。

 気候変動には化石燃料に含まれる炭素の量に対して課税する炭素税が有効だと指摘する。税収は国民に還元する。これにより、気候変動対策に対する国民のポジティブな意識が生まれる。なるほど、経済学は陰鬱な科学ではない。

 本書の欠点を挙げるとすれば、扱うテーマによってやむを得ないが、各章の難易度の差が大きくて読みにくいところもあることだ。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)


週刊エコノミスト2025年1月14・21日合併号掲載

『経済学者のすごい思考法 子育て、投資から臓器移植、紛争解決まで』 評者・原田泰

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