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トルコが大幅利上げでリラ安・高インフレから脱却 谷村真
エルドアン大統領の「利下げでインフレ率が下がる」との意向を受けた政策により、通貨リラの下落とインフレが加速したトルコ。軌道修正が奏功するが、予断は許さない。
経済成長は犠牲の綱渡りが続く
ロシアのカザンで2024年10月中旬に開催されたBRICSサミット。見慣れない顔ぶれが多かったが、トルコのエルドアン大統領もその一人である。北大西洋条約機構(NATO)加盟国ながら、西側諸国に対抗する枠組みとされるBRICSの場に姿を現すのは異例であるが、エルドアン大統領としては国際政治のあらゆる場でトルコの存在感を示し、得意な外交分野で独自色を出したいという思惑であろう。
さて、エルドアン大統領の独自色は外交政策にとどまらない。近年、経済分野でも独自路線を強く打ち出した結果、インフレ率の急上昇と大幅な通貨安に見舞われた。トルコは歴史的に高インフレに見舞われることが多いが、21年初めごろより、それまでの信用拡大策の影響に加えて、コモディティー価格の上昇や為替の減価によりインフレ率が加速し始める。
標準的な経済理論に従うと、インフレ抑制に向け政策金利を引き上げるのが常套(じょうとう)手段だが、エルドアン大統領の「利下げでインフレ率が下がる」という独特な意向を受け、中銀は21年9~12月に利下げを実施する。その結果、通貨リラの為替レートは大きく減価し、為替減価に伴う輸入物価上昇がインフレを加速。将来にわたって高インフレが継続するとの観測からリラへの信認が低下し、為替が減価するという悪循環が続いた。
さらに、政策金利は22年以降、累計5・5ポイントも引き下げられた。利下げの悪影響を軽減するため、トルコ政府は外貨準備を使った為替介入や、外貨からリラ預金への移行を促進する目的で為替差損を補填(ほてん)するリラ預金保護策、信用の伸びを抑制する数多くの細かな規制などの奇策を導入した。こうした中で迎えたのが、23年5月の大統領選だった。
20年末に1ドル=7リラ台だった為替レートは、大統領選時点で20リラ付近に下がっており、インフレ率は一時、前年比で86%にも達した。しかし、こうした逆風にもかかわらず、野党がまとまりを欠いたことなどから、大統領選ではエルドアン大統領が辛くも再選を果たした。エルドアン大統領が経済安定化のために打った手は、元副首相でウォール街の金融機関での勤務経験もあるシムシェキ氏の財務相への指名だった。
シムシェキ財務相の手腕
シムシェキ財務相のリーダーシップの下、金融政策の正常化へとかじを切る。大統領選時点での政策金利は8.5%とインフレ率をはるかに下回っていたが、中銀は23年6月に6.5ポイントの大幅利上げを実施し、リラ預金保護策の段階的縮小を含めた非主流派の政策を見直すことを明らかにした。政策金利はその後、24年3月にかけて50%にまで引き上げられた。
同月の地方選挙で与党連合は歴史的敗北を喫するが、その背景に高インフレに伴う生活困窮など国民の不満があったことから、引き続きエルドアン大統領はシムシェキ財務相の経済安定化路線を支持している。国際通貨基金(IMF)が24年10月に公表した審査リポートで、政策転換が「経済危機のリスクを顕著に低下させた」と評価するように、トルコの各種経済指標の動向からはすでにマクロ経済安定化の兆候が確認される。
先に述べた通り、高インフレと為替の減価が同時に発生していたため、この関係性を断ち切ることが重要である。中銀は対ドルでの実質リラ高(対ドル下落率をインフレ率未満にすること=為替レートの増価)にコミットした。トルコの為替市場は、外国人投資家がどの程度リラ資産に投資したいのか、また居住者が貯蓄をどの程度リラで保有したいのかという二つの要因の影響を大きく受ける。
まず、外国人投資家の視点では、トルコは人口構成が若く、欧州への地理的近接性から自動車産業などの製造業が盛んな国である。また、ドローン製造やアフリカなどフロンティア市場で活躍する建設企業など多様性に富む経済構造を持ち、成長のポテンシャルは高い。しかし、近年の非主流派金融政策によって、外国人投資家は一旦証券投資の多くを引き揚げていた。
実際、非居住者によるリラ建て国債及び株式投資額は、19年初めに500億ドル程度だったが、大統領選時点では230億ドルに減少していた。中銀が大統領選後に金融引き締め姿勢を明確に示したことで、外国人投資家の資本流入の戻りは早く、足元では500億ドル水準に回復している。トルコでは資本フローと為替レートの相関性が高いが、政策転換による資本フローの戻りに伴い、実質リラ高が続いている(図)。
BRICSとの関係強化
一方、居住者の観点では、低金利やリラの先行き不安によって、貯蓄をドルや金(ゴールド)に替える動きがリラの価値を下げていた。そのため、中銀は利上げと実質リラ高にコミットすることで、リラ預金の利息を増やしつつドル建てでみた際の目減りを減らそうとした。預金のリラ比率は一時3割程度まで低下していたが、足元ではリラ預金保護策を縮小したにもかかわらず、リラ比率は6割に回復している。
信用面では、24年3月に融資抑制策を強化したこともあって融資の伸びが鈍化し、国内の超過需要は沈静化した。24年4~6月期および7〜9月期の国内総生産(GDP)は前期比でマイナス成長となり、これもインフレ率低下に寄与した。為替の安定化と信用抑制により、24年11月時点でインフレ率は前年比で47%に減速しており、このまま推移すれば年末時点では45%程度に低下するだろう。
今後については、政府の中期経済計画では26年末にかけてインフレ率が1ケタに低下する一方、毎年0.5ポイントずつ成長が加速するシナリオであるが、これはやや楽観的過ぎると言わざるを得ない。サービス価格の上振れや賃金インフレなども見られる中、インフレ率をさらに引き下げるには、金融引き締めの継続に加え、これまで遅れていた財政の引き締めが必要になるが、これらは成長を押し下げる効果を持つ。なお、市場は利下げが近いとみているが、利下げをしつつも融資抑制策を取ることで金融政策全体としては引き締めの継続が可能だ。
現政権の経済チームは、経済成長を犠牲にしてもインフレ率を引き下げることにコミットしているが、エルドアン大統領がいつまでこれを許容するかは不透明感が残る。また、冒頭で触れたエルドアン大統領の独自外交路線は欧米とのあつれきを生みかねない。確かに、1996年には6%に過ぎなかった中露向けの輸出シェアが足元では18%に拡大しており、BRICSとの関係強化は理にかなっているように見える。
しかし、欧米のシェアは低下しているものの、依然として65%を占める重要な貿易パートナーであり、海外からの証券投資残高の8割も欧米からである。バランス感覚に優れたエルドアン大統領が欧米との関係を極端に悪化させる可能性は低いが、万が一そうした事態が生じた場合は、経済安定化に大きく貢献していた資本フローの逆流が起きるリスクがある。
(谷村真〈たにむら・しん〉国際協力銀行外国審査部シニアエコノミスト)
週刊エコノミスト2025年1月14日・21日合併号掲載
大幅利上げでインフレ抑制も 成長犠牲で綱渡りのトルコ=谷村真