法務・税務 税務調査&相続税対策

データ電子化とAI活用で「申告漏れ」捕捉の精度向上 谷道健太・編集部

 税務当局が納税者の申告漏れや申告しない人を割り出す能力は近年、急速に高まっている。その一端が垣間見られるのは、東京近郊に住むフリーライターの女性Aさんのケースだ。Aさんは昨年12月、自宅に届いた封書の差出人を見てギョッとした。居住地の市役所市民税課だったからだ。封を切ると、手紙の表題に「報酬の申告について(通知)」とあった。

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 Aさんは2023年中に複数の会社から原稿料などの報酬を得て、昨年3月15日の期限までに確定申告をしていた。しかし、手紙には「申告状況を確認したところ報酬にかかる申告がいまだ行われていないようです」とあり、Aさんに報酬を支払ったB社の社名が書いてあった。Aさんが確定申告書を見返すと、確かにB社からの報酬32万円を申告し損ねていた。

 報酬の支払者は1年分の支払額や源泉徴収額、支払先のマイナンバーなどを記した支払い調書(法定調書の一種)を税務署に提出することになっており、B社はAさんの確定申告のため支払い調書をAさんにも送っていた。ただ、この会社では郵送ではなくダウンロードする仕組みだったため、Aさんは「B社のパスワードをうっかり忘れてしまい、後で設定し直そうと思っているうちにB社の分だけ申告し損ねた」と話す。

 Aさんは市民税課を訪れて修正申告をした後、税務署へ出向いて所得税の修正申告もした。双方とも延滞税と加算税を取られた上、所得が増えたことで国民健康保険料も引き上がった。Aさんは「わずか32万円の申告漏れをしただけで、こんなに手間がかかり、さらに数万円の支出も迫られるとは……」と肩を落とす。

調書と確定申告を突合

 なぜ多額とはいえない報酬額の申告漏れを市役所は把握できたのか。都内で税理士として働く元国税職員は「事業者の間で電子申告が普及した結果だろう」と話す。

 報酬を支払う事業者は支払い調書を税務署にも提出する。その際、「国税電子申告・納付システム(e-Tax)」を使えば、インターネットで提出できる。100枚以上を提出する事業者は21年以降の提出について、e-Taxか光ディスクなどによる提出が義務になった。国税庁の発表によれば、事業者が報酬の支払い調書を含む法定調書をe-Taxで提出した比率は23年度に73.4%に達した。

 Aさんのケースでは、国税当局が市役所に送信したB社の支払い調書データとAさんの確定申告データを突合(とつごう)し、申告漏れを割り出したと見られる。国税当局は13年から市町村に支払い調書データを送信できるようになり(図1)、対応する市町村は年々増えている。前出の税理士は「書類を手作業で突合していた一昔前とは違い、現在はコンピューターを使って申告漏れを探すので、手間は格段に減った」と話す。

 ここで挙げたのは住民税の申告漏れについてだが、税務署も所得税や相続税など国税の申告漏れを疑い、税務調査をする。国税庁が発表した23事務年度(23年7月〜24年6月)の税務調査の結果によれば、所得税に関する実地調査(納税者の自宅や事務所などに出向いて調査すること)は4万7528件に上った。文書や電話などによる「簡易な接触」を含め、国税当局が把握した申告漏れ所得金額や追徴税額は過去最高になっている(図2)。

「コンテンツ配信」注視

 国税庁は増加した理由の一つとして、税務調査をすべき納税者を割り出す作業に人工知能(AI)を活用したことを挙げた。支払い調書と申告書を突合するような単純な作業はAIを使うまでもなくコンピューターでできる。しかし、AIを使えば、人間が思い付かないような納税者の要素を組み合わせて申告漏れの可能性が高い人も割り出せる。

 要素とは、業種、収入金額や所得金額の推移などを指す。AIの活用が進むにつれ、より少額の申告漏れや無申告だったとしてもバレやすくなるわけだ。確定申告をしない給与所得者でも、最近は副業を持つ人が大幅に増えた。ネットを活用した副業は、時間や場所に縛られず、手軽に始められるが、納税を意識せずに収入を得ている人が多いのが実情だ。

 実際、国税庁が23事務年度に申告漏れを指摘した納税者のうち、申告漏れ所得金額が3番目に多かった業種は「コンテンツ配信」だった。自分で撮影した動画をネットで配信して広告収入を得るといった形態のビジネスだ。国税庁が指摘したコンテンツ配信者の申告漏れ所得金額は1件当たり2381万円、追徴税額は同436万円とかなり多かった。

 国税庁が昨年11月に公表した税務調査に関する資料で「積極的に調査を実施している」と記した業種には、コンテンツ配信以外にネット広告やネット通販などネットの取引や、暗号資産の取引も含まれる。こうした副業による所得が年間20万円以下なら、年間の給与所得が2000万円以下の場合は確定申告の必要はない。しかし、住民税の申告が必要なことは見落とされがちだ。

相続税申告の「御案内」

名古屋市の男性の自宅に届いた税務署からの「相続税の申告等についての御案内」(一部を加工)
名古屋市の男性の自宅に届いた税務署からの「相続税の申告等についての御案内」(一部を加工)

「相続税の申告等についての御案内」──。名古屋市に住む70代男性の自宅に昨年12月、関東の税務署から1通の通知が届いた。被相続人(亡くなった人)の遺産の総額が基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人数)を超える場合、相続や遺贈によって財産を取得した人には「亡くなられた日の翌日から10カ月以内に、相続税の申告と納税が必要になります」と記載されている。

 昨年7月に自身の兄が亡くなって相続人の1人となった男性は、「なぜ自分のところに通知が来るのか」と不思議がった。しかし、税務署は個人の資産や所得を生前に把握しており、市区町村は死亡届を受理した場合、税務署に通知することになっている。そして、税務署は相続税の申告の可能性がある人を抽出して広く「相続税についてのお知らせ」を送っている。

 ただし、税務署は相続税の申告義務がある可能性が高い人には、「相続税の申告等についての御案内」という別の文書を送っている。つまり、税務署は被相続人にまとまった遺産があり、この男性が相続人であると捕捉しているわけだ。男性の相続税の申告・納税期限は今年5月。こうした税務署の「警告」を放置していると、税務調査で手痛い目に遭うことになる。

(谷道健太〈たにみち・けんた〉編集部)


週刊エコノミスト2025年1月28日号掲載

税務調査&相続税対策 データ電子化で即座に判明 「無申告」捕捉の精度向上=谷道健太

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AIもフル活用! 税務調査&相続税対策16 データ電子化で即座に判明 「無申告」捕捉の精度向上■谷道健太19 AIの積極活用 申告漏れ可能性高い先を選定 収集情報や調査データで学習■泉絢也21 ネットの副業 SNSの宣伝、中古品転売……無申告がバレれば重たいツケ■植村拓真25 所得税の不正還付 申告 [目次を見る]

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