「なにもない」故郷とメディアで仕事する自分=佐藤慶一
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5月のある週末、日本海に浮かぶ佐渡島に取材で行った。新潟港からフェリーで2時間半。緑色のカーペットで寝ているとあっという間に到着した。爽やかな潮風が吹き、初夏にちょうどよい気候だった。トキが田植えを終えたばかりの田んぼにいたり、まぶしいくらいのオレンジ色をしたカンゾウの花が咲いていたりもした──。
と、紀行文のような書き方をしたが、佐渡島は私が生まれて18年間育った地元である。帰省するのは、祖父が死んで以来か。今回、弟の車で帰った。実家に着くと、弟から聞いていたとおり、父が病人然としていた。どうも難病らしく、彼の腕はすっかり細くなっていた。小学生の頃、ゲームボーイのポケモンをプレイしていると、母は「やりすぎ」と言った。父は「俺にもやらせろ」と言って太い腕で奪った。あの腕が、苦々しい記憶をよみがえらせる。
藤田祥平『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』は、ポケモンからはじまる14~15年のゲームプレイ体験を描いた自伝的青春小説。私はビデオゲームの世界をまったく知らない。が、同世代の著者が過ごした空間(世界)に引きずられ、現実と非現実を静かに堪能できた。夜、弟とNINTENDO64で遊んだ。あぐら、猫背、まっすぐな目……かつて流れていたような時間はいつまでも続いてほしかった。
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週刊エコノミスト
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