ゆうちょ銀行 貯金限度額2倍増もぎとるも「集票力」のジレンマ=坂田拓也
「民業を圧迫する可能性があるゆうちょ銀行の貯金限度額の引き上げは、完全民営化と並行していたはず。現状、親会社の日本郵政によるゆうちょ銀行株の売却計画は凍結され、民営化は止まっているのに、引き上げだけが、なぜ決まったのか」
有力地銀の幹部は、こう憤る。
トップ当選の全特元会長
昨年末、日本郵政グループの経営を検討する政府の郵政民営化委員会(岩田一政委員長)が、ゆうちょ銀行の貯金限度額を現行の1300万円から2倍の2600万円に引き上げることを答申し、政府が了承した。
「日本郵政の長門(正貢)社長も引き上げを要請したが、実際は横浜銀行出身で、ゆうちょ銀行の池田(憲人)社長と一緒に、引き上げに消極的だったとされる。引き上げを求めたのは全国郵便局長会(全特)であり、全特の票を期待する自民党だ」(前出、有力地銀幹部)
自民党の有力支援組織だった全特は、小泉純一郎元首相の郵政民営化に反対して国民新党の支持に転じ、民営化見直しを経て、2013年の参院選で自民党支持に復帰した。
その13年の参院選では、全特元会長の柘植芳文氏が43万票を獲得して自民党比例区でトップ当選し、集票力を見せつけた。続く16年の参院選でも、全特相談役の徳茂雅之氏(旧郵政省出身)が52万票で同じくトップ当選し、全特は2人の自民党参議院議員を生んだ。
「全特は、国民新党を支援していた時から限度額引き上げを求め、以来、百年一日のごとく同じ主張を繰り返している。自民党は、全特が国民新党支持だった時は引き上げに反対し、自民党支持に復帰した後も、実は党内では引き上げに難色を示す議員はいた。しかし、結果的に反対の声は消えた。結局、政治家の票欲しさ」(大手行幹部)
前回(16年4月)、25年ぶりに1000万円から1300万円に限度額が引き上げられた時も参院選対策とされたが、今回も同様の構図が透けて見える。
「金融庁と民間金融機関は引き上げに反対し、昨年春に引き上げが俎上(そじょう)に載った時、金融庁の森(信親)長官(当時)は、菅(義偉)官房長官に直談判して引き上げを押しとどめた。昨年7月に就任した後任の遠藤(俊英)長官も引き上げ反対だったが、半年かけて押し切られた。自民党は、今夏の参院選で改憲勢力維持を目指すが、ハードルは高く参院選対策が何より重視されている」(政治アナリスト)
日本郵政の長門社長は民業圧迫批判を意識し、引き上げの理由に「現状の1300万円の上限では退職金の受け入れができない」などの顧客の利便性や上限超過時の顧客への通知コスト負担を挙げ、全特もほぼ同様の主張を行っている。
「貯金を増やす目的はない」と長門社長は繰り返し、前回の引き上げ時に資金シフトは起きず、今回も起きないと主張する。
貯金増加で高まるリスク
しかし、前出の大手行幹部はこう話す。
「前回300万円の引き上げ後の1年間で貯金は約1・5兆円しか増えていないように見えるが(図1)、限度額を超えた振り替え分を除く純増では約2・4兆円増え、他の金融機関を上回った。資金シフトはなかったとは、いい切れないだろう。ゆうちょ銀行への貯金はペイオフ(破綻時の払戻額を1000万円の元本とその利子まで保護)に関係なく、全額保護されると思われがち。05年4月のペイオフ解禁以後はタンス預金が増え、潜在的な貯金需要もある。今回は限度額が2倍に上がるため、地銀、信用金庫、信用組合の預金やタンス預金が10兆円単位で動く可能性がある」
ゆうちょ銀行の経営を巡っては、この引き上げ問題以外はたなざらしにされている。
09年発足の民主党政権は郵政民営化を見直し、日本郵政によるゆうちょ銀行株の売却期限を撤廃して売却を止めた。同時に、傘下の日本郵便に対して全国一律の郵便局ネットワークの維持を義務付け、ゆうちょ銀行とかんぽ生命に、日本郵便に対する委託手数料の支払いを強いた。
「ゆうちょ銀行が支払う手数料は毎年6000億円に達する。内訳の一つが、ゆうちょ銀行の貯金額に一定料率を掛けたもので、毎年2000億円に上る。貯金額に応じて手数料が変わるため、全国の郵便局の大半を束ねる全特が限度額引き上げを求める理由とされる。この手数料は、日本郵便の赤字を埋める目的で積算根拠はなきに等しく、ゆうちょ銀行が完全民営化された時に支払いの説明が付くのか、議論は尽くされていない」(金融機関幹部)
それ以上に、ゆうちょ銀行の資金運用問題がある。
「ゆうちょ銀行が保有日本国債の残高を減らす一方で、外貨建て債券を増やした結果、通貨のミスマッチに伴うALM(資産と負債の総合管理)上のリスクは高まっている。限度額を従来の2倍に引き上げて貯金が増えても、運用に困るだけだろう。外貨建て資産を増やせば、ALM上のリスクがさらに高まる」(S&Pグローバル・レーティング・ジャパンの吉沢亮二シニアディレクター)
短期間でトップ交代
実際、日本郵政グループが07年に発足した後、ゆうちょ銀行は外貨建て投資を増やし、13年以降は実に年間10兆円を超えるペースで拡大、昨年9月末で保有額は60兆円に達した。為替ヘッジ比率にもよるが、一定の円高リスクを抱えていることは確かだろう。
一方、157兆円保有していた日本国債の残高は、昨年9月末で61兆円まで減少。異次元緩和にまい進する日銀の国債爆買いを側面支援した格好にもみえる。
「ゆうちょ銀行は投資先の詳細は公表していないが、直接にしろ間接にしろ、米国債へ投じている可能性が高い。日本の公的機関は、米国債を一度買えば売ることが政治的に難しく、米国を支えているだけになっている。ゆうちょマネーをリスクの高い外債へ投資するより、たとえマイナス金利でプレミアムを払ってでも日本国債に投じるなど国内のマネー循環に寄与すべき」(経済学者の菊池英博氏)
政府の民営化委員会は、限度額引き上げについて詳細に検討して金額まで答申した一方、運用問題については「超低金利環境下での収益源の多様化などの課題がある」と指摘する程度で終わっている。
「15年11月の上場以来、ゆうちょ銀行の株価は売り出し価格の1450円を上回ることなく、低迷している。政府は限度額を引き上げ、株価を刺激するもくろみがあるとも見られる。日本郵政は07年の発足後、社長がほぼ2年で退任し、長門社長で5人目。今また長門社長とゆうちょ銀行の池田社長の交代論がささやかれている。短期間で代わるのは、日本郵政を動かしているのは社長ではない、という傍証だ」(大手行首脳)
相変わらず日本郵政グループは政治に振り回されるようだ。
(坂田拓也・ライター)