国際・政治失速!米国経済

揺らぐ「強い雇用」 “労働市場発”減速の兆し=荒武秀至

    企業経営者は「労働者」への関心を失いつつある(Bloomberg)
    企業経営者は「労働者」への関心を失いつつある(Bloomberg)

     米国の雇用状況は、今のところ強い数字が出ており、米国経済を支える屋台骨だ。4月の非農業部門雇用者数は前月より26.3万人増加、失業率は3.6%に低下し、米連邦準備制度理事会(FRB)が完全雇用の目安とする自然失業率4.3%を大幅に下回っている。

     人手不足のなか、優秀な人材を確保したい企業は賃上げを迫られ、時間当たり賃金は前年比3.2%まで上昇してきた。良好な雇用と所得の増加が、米国の国内総生産(GDP)の約7割を占める個人消費を押し上げ、2008年の金融危機からの脱却とその後の景気拡大をもたらした。今年7月には121カ月目となり、1854年の統計開始後、景気拡大期の最長記録を更新する見通しだ。

     しかし、長期景気拡大の土台となってきた好調な雇用環境が、今後も続く保証はない。10年続いた良好な労働市場が、現在は転機を迎えているようだ。まず、米国の人口は移民の流入もあり、年間236万人(13~17年の年平均)増えている。

     一方、雇用者はこの1年で262万人(事業所調査)も増えており、人口増加を上回る人々が職に就き、失業者が減り続けてきた。しかし、失業率が1969年12月以来となる約50年ぶりの低水準となるなか、企業が欲するような失業者はもはや余ってはいない。人口増加の年間236万人を月割りした月間19.7万人の6割弱が職に就くと仮定すると、今後の雇用者数は月間10万人増程度を想定する必要がある。

    雇用増加ペースが鈍化

     企業経営者の心理に、変化が表れていることも気がかりだ。NFIB(全米自営業者連盟)による中小企業の経営者向け調査で、「最も深刻な問題は何か」という質問に、従来は「労働の質」を挙げる経営者が最も多かった。採用難で良い人材が集まらず、取りあえず採用したものの、労働力として企業側が求める水準に達していなかったからだ。

    (注)直近は2019年3月 (出所)NFIB(全米自営業者連盟)
    (注)直近は2019年3月 (出所)NFIB(全米自営業者連盟)

     ところが、昨年暮れから「労働の質」を挙げる企業が減る一方、金融危機の直後にトップであった「売り上げの低迷」を挙げる企業が再び増え始めた(図1)。さらに「労働コスト上昇」を挙げる企業もじわりと増えている。

     背景には、景気の先行きを楽観し、賃上げを甘受してでも人材確保を最優先してきた経営者の心理が、足元は慎重化していることが挙げられる。米中貿易摩擦をうけた先行きの売り上げに対する不安感、労働者の質が劣化し良質な労働力確保がより困難になったこと、労働コスト上昇を最終財価格に転嫁できずに利益が圧迫されていること、上昇する労働コストの対価に労働の質が見合わなくなってきたことなどが考えられる。

     今後は企業経営者が将来を楽観できる自信を回復するまで、質の悪い労働者の採用はもちろん、新規求人を全体として手控え、賃上げにも消極的に傾く可能性が高い。

     タイトな雇用状況の弛緩(しかん)や、賃上げ圧力の弱まりを示すシグナルもいくつか出始めた。

     雇用関連統計のなかでも先行性の高い指標に注目すると、非農業部門雇用者数に先行して動きやすい人材派遣業の雇用者数は、17年に前年比2.6%、18年に同2.8%と増加したが、今年は1~4月でマイナス0.2%と微減だ。

     一方、新規失業保険申請件数(解雇されてしまい失業保険を1週間に新規申請する数)は、4月第2週の19.3万件を大底に、5月第2週は21.2万件まで再び増え始めた。製造業の週平均労働時間は昨年8月の41時間を直近ピークに、今年4月は40.7時間に減少、製造業の残業時間も昨年4月の3.7時間を直近ピークに、今年4月は3.4時間にとどまった。

     また、賃上げ圧力の弱まりとして、非農業部門の週平均賃金は昨年10月に前年比3.6%でピークをつけ、今年4月は同2.9%に鈍化している。このような労働市場の緩みは、企業経営者による求人の手控えとも一致している。

     NFIBによる経営者向け調査では、今後3カ月間に求人を増やす企業数から減らす企業数を控除した数値が、昨年8月の26をピークに今年3月は18に低下した。まだ、求人を増やす企業の方が減らす企業より多いため急速な悪化ではないが、雇用の拡大テンポが少しずつ緩やかになり、労働市場に緩みが生じると予想される。

    景気失速に直結

     経済成長を支える3本柱は、(1)設備投資の増強による「資本投入量」の増加、(2)雇用者及び労働時間を増やすことによる「労働投入量」の増加、(3)技術革新による生産性上昇──である。

     このうち成長率押し上げに即効性があるのは(1)資本と(2)労働だが、米国では海外環境が不透明なため設備投資に慎重な企業が多く、それを雇用者と労働時間の増加で補ってきた。「労働投入量」とは「マンアワー(人数×時間)」の概念なので、今後、人数と時間の両面から労働投入量が伸び悩むと、景気失速に直結しかねないので要注意だ。

    (注)対象は民間非農業部門雇用者。直近は2019年4月 (出所)米国労働省
    (注)対象は民間非農業部門雇用者。直近は2019年4月 (出所)米国労働省

     実は、労働投入量には、すでに頭打ち感が表れている(図2)。これは供給サイドが抱える問題で、需要サイドの問題である米中貿易摩擦よりも深刻だ。ただ、FRBも失業率の悪化見通しを出して警戒はしている(4月実績3.6%に対し、19年末3.7%、20年末3.8%、21年末3.9%)。従来の「雇用タイト化→賃上げ→インフレ→利上げ」から、「雇用悪化→景気悪化→利下げ」のシナリオに転換し、早期の利下げに踏み切れば、米国経済は軟着陸できるとみている。

     しかし、労働投入量の頭打ちや、労働コスト上昇に伴う利益圧迫は進行しており、今後、雇用統計が大きく下振れする恐れもある。最終的に、「労働市場発」の景気減速を引き起こすリスクも念頭に置く必要があるだろう。

    (荒武秀至・三菱UFJ国際投信チーフエコノミスト)

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