教養・歴史書評

貧困、いじめ、閉鎖病棟 自らの苦難を当事者研究に=荻上チキ

     貧困だった子ども時代。いじめを受け続けた学生時代。低賃金で過酷な違法企業。多重の困難によって精神を病み、薬の過剰摂取で自殺未遂。精神病院の閉鎖病棟へ入院。小林エリコ『わたしはなにも悪くない』(晶文社、1400円)は数々の苦難をサバイブしてきた著者が、しなやかな文体でその経験を言葉にしていく。

     閉鎖病棟の中での人間関係。少し豪華な献立が大ニュースになり、盗難事件が起きると疑心暗鬼に陥る。刑務所ドラマのようなタバコの交換を楽しみに思い、牛乳パックにストローを挿すといった小さな挙動を助け合う。病棟でのケアは決して十分と言えるようなものではない。他方で、人と話すことや、運動をすることといった、小さなアクションの積み重ねが人間には不可欠なのだと著者は痛感する。

     本書は、数ある「当事者エッセー」の中でも異色の一冊だ。読書家である著者は、障害運動の歴史を学び、「青い芝の会」「べてるの家」「ダルク」といった社会支援リソース(支援団体)の重要さを深く理解している。その上で、プログラムやセッション、ネットワークを通じての回復を経験した著者が振り返る自らの半生の記録は、腕利きの文化人類学者も舌を巻くような参与観察、良質な当事者研究になっている。

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