制裁でも揺るがぬ5G覇権 孤立する米国の「排除戦略」=浜田健太郎/市川明代
「5G(第5世代移動通信)の展開で米国による制裁の影響は、まったく受けていない」──。通信機器中国最大手、ファーウェイの胡厚崑副会長は6月26日、上海市の記者会見で強調した。
この日、アジア最大の携帯関連見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC上海」が開幕。最大のブースを構えたファーウェイが完全に主役。このブースに入場できたのは招待客のみで、昨年を大きく上回る約8000人が訪れた。家庭にも置けそうな同社の屋内用基地局が設置され会場全体を5G電波でカバー。ブースにいたエクアドルの通信事業者は、「ファーウェイを信頼している」と語った。
ブースでは上海に近い蘇州の名産品・刺繍(ししゅう)を女性が縫っていた。その様子は5Gを通じて超高精細8Kの大型テレビで「中継」。高速・大容量をアピールしていた。
同社はすでに世界30カ国の通信50社と5Gの商用契約を締結。トランプ米政権は、世界各国に対し5Gインフラの排除を要請しているが、現状を見る限りそのもくろみは大きく外れている(図1)。元通産官僚で現代中国研究家の津上俊哉氏は、「米国に従うのは日本、カナダ、豪州くらい。片手にも満たない『米国陣営』に入れば、日本は世界で孤立するリスクがある」と指摘する。
バックドアの証拠なし
英調査会社IHSマークイットによると、ファーウェイは基地局など通信インフラ機器で世界シェア3割超の最大手。強みの一つが低価格だ。IHSマークイット日本調査部の南川明ディレクターは、ファーウェイ基地局の単価は競合するエリクソンやノキアの北欧2社に比べて3割は安いと見る。
技術面でもファーウェイは世界をリードしている。円滑な通信には基地局やスマートフォンなどの「標準化」が不可欠だが、その際に必要となる「標準必須特許」をファーウェイは最も多く保有している。通常なら市場競争に委ねるべきと考えるが、米国の中枢はそのように考えない。なぜなら、ファーウェイは「中国企業」だからだ。
南川氏は「中国が2年前に制定した『国家情報法』が問題の根底にある」と指摘する。同法7条は、中国国民および中国企業に国家の情報活動への協力を求めている。ファーウェイもその埒外(らちがい)ではなく、同社の通信機器が国土に張り巡らされれば、「米国は丸裸」も同然というのが米国の「排除の論理」だ。今年2月に訪米して情報収集した南川氏は、「ファーウェイたたきは長期間続く」と予想する。
通信機器で急成長を続けるファーウェイに対し(図2)、米国の政府・議会は警戒し続けてきた。2012年10月に米議会が明らかにした調査報告書は「ファーウェイ製の機器を米国の重要インフラに設置すれば、国家の中核的な安全保障を害する可能性がある」と結論づけた。
5月に米政府によるブラックリストの対象となってからは、米国メディアを中心にファーウェイの製品には「バックドア(通信機器に盗聴機能を持たせる不正プログラム)が仕掛けられている」とする記事が配信され、「事実無根」とファーウェイが応酬している。本誌はこれまでに不正な仕掛けが同社製品から発見されたという信頼できる情報をつかんでない。
不正の有無に関する検証困難な議論が続くなか、ファーウェイに対する米政府の制裁により、世界のハイテク産業で複雑に構築されたサプライチェーン(供給網)がまひすることへの懸念が膨らんでいる(図3)。18年に2億台を超えるスマートフォンを販売したファーウェイは、インテルやクアルコムといった米国の半導体メーカーにとって大口顧客だ(図4)。ロイター通信によるとインテルやクアルコムなどは、米国政府にファーウェイ排除の緩和を要請した。
決められないトランプ
自国の産業界からの要望を無視できなくなったのか、トランプ大統領は6月29日、中国の習近平国家主席と会談後の記者会見で、「安全保障上、問題ない設備なら米国企業がファーウェイに製品を売ることを認める」と発言。
ただ、同30日(米国時間)に米国家経済会議(NEC)のクドロー委員長は「ファーウェイは制裁対象リストに残る」と発言。議会有力者からは「制裁解除なら議会はそれを阻止する」(共和党ルビオ上院議員)などと反発の声が上がった。
津上氏は「米国では、ファーウェイに対する圧力を緩めたくない人たちが、この問題で主導権を握っている。トランプ氏の一存で決まるわけでない」と語る。
(浜田健太郎・編集部)
(市川明代・編集部)