製造工程を「仮想空間」に再現 ドイツで進むデジタル生産革命=ロレンツ・グランラート
製造部門のデジタル化は多くの国で進行中である。ドイツでは大企業だけでなく、「ミッテルシュタント(Mittelstand)」と呼ばれる独立性の高い中堅企業群も大きな役割を果たしている。これらの中堅企業群は、ドイツ政府が標準化を進めるデジタル製造のプラットフォームを通じて、あたかも一つの工場のように有機的に連携することが可能になる。
この製造のデジタル化は、ドイツのハイテク戦略の一環「インダストリー4・0」として知られている。政府、産業連盟、研究開発機関などが「Platform Industrie 4.0」というコンソーシアム(共同事業体)を拠点に、標準化をはじめ、普及活動を展開している。
核心は「データ」
インダストリー4・0は第4次産業革命を意味する言葉として、2011年に初めてドイツで紹介された(図)。「サイバーフィジカルシステム(Cyber Physical System)」がベースとなる。これは、IoT(モノのインターネット)センサーによる現実空間(Physical)とコンピューターによる仮想空間(Cyber)の融合を意味する。企業が保有する機械、材料などの物的リソースと人的リソースがコンピューター上の仮想空間に「デジタルツイン(双子)」として再現される。これによって、製品のデザイン、製造、そして、製品ライフサイクルの最終段階までの全ての工程をリアルタイムでシミュレーションすることが可能になる。
インダストリー4・0の核心は「データ」にある。全てのデバイスや機械に取り付けられたIoTセンサーによって全ての製造工程がモニターされ、そのデータが集積される。音や圧力、振動などのデータをもとに、例えば製造工程の不具合が事前に検知されると、通信回線の高速化、コンピューターの処理能力の向上によるAI(人工知能)技術などを通じて、これらのビッグデータを解析し、業界全体の品質向上に生かすことも可能だ。
製造工程で集められたデータは、サプライヤーや顧客とも共有できる。更に、製品の使用時から、破棄、リサイクルの段階までライフサイクルを通じたデータが得られるようになる。
インダストリー4・0を説明するために、その未来像の一つである「オーダーコントロール生産」を紹介したい。例えば、ある顧客が新しい自転車を欲しいが、体格が大きいため、標準サイズのモデルでは満足することができない、とする。彼は自転車メーカーを訪れ、メーカーは顧客の体の寸法を計測する。顧客はさらに色などの追加注文を出す。
これらのデータは全てデジタル情報として記録され、メーカーでカスタマイズ自転車が自動的にデザインされる。顧客が自転車を正式に注文した後は、製造計画が自動的に生成され、メーカーからは、必要な部品について入札表が複数のサプライヤーに送られる。AI技術を活用した自動交渉システムにより、最も良いオファーが選ばれ、発注される。サプライヤーで部品が完成すると自律的な物流システムが自転車メーカーに配送する。部品が到着すると、自動組み立てが始まる、という流れだ。
生産性を24%向上
インダストリー4・0でもっとも先進的な事例の一つはボッシュである。同社の一例がブライヒャッハ工場で、ここでは、3300人の従業員が年間670万個の車用のABS(アンチロックブレーキ)・ESP(横滑り防止装置)を製造している。
生産ラインには無数のセンサーが装備され、温度や圧力、振動などが常時モニターされている。生産ラインに問題が発生しそうになったら、従業員の持つタブレット端末にエラーメッセージが表示されるだけでなく、その解決方法も提示される。端末では各工程のサイクルタイム(その工程での作業に必要な時間)も把握できる。これらの技術の導入により、ABSとESPの生産性はそれ以前に比べて24%も向上した。
ブランド名「HABA」で知られるドイツの子供用家具メーカー、ハーバーマスは顧客の嗜好(しこう)の変化と特注製品の比率拡大を受け、インダストリー4・0を導入した。同社の全ての製品と製造システムがコンピューターの仮想空間上に再構築され、それが、同社の製造実行システム(MES)とつながっている。製造部門の従業員はコンピューター端末から、製造すべき家具について、図面、部品表、製造指示書などの情報をライン上でリアルタイムで受け取ることが可能になった。この結果、製造リードタイム、仕掛かり部品と完成在庫は劇的に減り、時間通りの製品納入が実現している。
「Platform Industrie 4.0」では、独の300事例と並んで日本の150事例も紹介している。その一つが、岐阜市の岐阜多田精機だ。同社は従業員90人で、自動車部品やOA備品の金型をデザインし、製造している。
同社の「スマート金型」は、従来の金型にはない温度、圧力、振動などのデータを計測するセンサーを内蔵している。センサーをモニターすることで、異物混入などを察知し、集積されたデータはより高い品質の製品を作るために分析される。
インダストリー4・0でデジタル情報を現実空間に再現する方法としては、ロボットと3D印刷がある。3D印刷によるレーザー溶融は、複雑な鋳造工法よりも低コストですばやく小ロット生産できる。シーメンスはこれをガスタービン部品の試作品の製造に活用している。20~50マイクロメートルの薄い金属粉末層をレーザーで溶解し、層を重ねながら部品を製造する。CAD(コンピューターを使った設計)から最終製品までの生産がシームレスに行われるのが特徴だ。
製品自体もより多くのセンサーを装備し、使用中の情報を集積することになる。いわゆる「スマート製品」は不具合を探知し、メンテナンスを促し、サービスの信頼性を保障する。この分野のドイツ企業の実例では、従業員800人のヴォルフクランがある。同社は建設用クレーンを製造し、世界中でレンタルサービスを展開している。世界にある同社のクレーンの不具合情報は電子メールなどで、同社のサービスセンターに伝えられ、サービスセンターはインターネットのVPN(仮想専用線)を通じて当該クレーンに接続する。同社はこの不具合情報に基づき、必要に応じて遠隔からメンテナンスサービスを提供することができる。
インダストリー4・0が描く未来像を全て実現するには、まだ、時間が必要だ。しかし、上記の例が示すように、その部分的な適用でも既に生産性や製造機能向上に大きな利益をもたらしている。
(ロレンツ・グランラート、産業技術総合研究所 上席イノベーションコーディネータ)
■人物略歴
Lorenz Granrath
1961年ドイツ生まれ、90年独カールスルーエ工科大学卒業、94年スイス・ザンクトガレン大学で経営学博士号取得、95年ABBシュトッツコンタクトなどを経て、2001~13年フラウンホーファー日本代表部代表。14年から現職。複数の独ベンチャー企業の日本代表も歴任。