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国際・政治 世界景気の終わり

米景気展望 忍び寄る「後退」の影 再選焦る“トランプ・リスク”も=今村卓

トランプ氏劣勢の世論調査も……(Bloomberg)
トランプ氏劣勢の世論調査も……(Bloomberg)

“予防的利下げ”効果いつまで

 史上最長の121カ月連続の拡大を続ける米国景気に陰りが出始めている。

(注)前期比年率 (出所)米商務省
(注)前期比年率 (出所)米商務省

 2019年6月のISM景況感指数は製造業、非製造業ともやや目立つ低下を示し、債券市場では長期金利が短期金利を下回る要注意の状態だ。19年4~6月期の実質国内総生産(GDP)成長率は市場予想を超えて前期比年率2・1%増を維持したが、前期(3・1%増)から減速。このうち、設備投資は同0・6%減で約3年ぶり、トランプ政権下では初めてマイナスに転じた(図1)。設備投資はトランプ政権が17年末に実施した減税によって18年前半に大きく伸びたが、減税効果が途切れた格好だ。

(注)S&P500の構成企業が対象。各年末の累計額。19年は筆者推計 (出所)S&P Dow Jones indicesより筆者作成
(注)S&P500の構成企業が対象。各年末の累計額。19年は筆者推計 (出所)S&P Dow Jones indicesより筆者作成

 企業の保守的な経営姿勢は、最近の自社株買いの多さにも表れている。S&P500構成企業の18年の自社株買いは過去最高の8000億ドル超に上り、11年ぶりに設備投資額を超えた。19年も伸びて1兆ドルを超えて過去最高額を更新する見通しである(図2)。

自社株買いが株高演出

 減税で収益は膨らんだが、有望な投資対象は多くなく、自社株買いに回して株主還元した企業が多かったのである。しかも、アップルなど設備投資に積極的なテック企業で自社株買いの規模が大きかった。そんな中で、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を示唆したのだから、景気が減速に向かっているのに株高が起こるのも当然だろう。

 根源的な問題として、企業に保守的な見方を植え付けた米国の長く緩やかな景気拡大にも注目したい。失業率が3・7%と約50年ぶりの低水準になっても賃金は3%強しか増えず、インフレ期待が2%に届かない。そんな異常さを伴うのが今の緩やかな景気拡大だ。

 背景には、米国経済の構造的な変化が考えられる。産業構造は過去20年間で、製造業がGDPに占める割合は16%から11%に縮小した一方、サービス業は65%から70%へ拡大。設備投資も知的財産の割合が26%から35%へ拡大する一方、設備機器の割合が53%から43%に縮小した。

 労働集約型が多いサービス業へのシフトは低賃金の割合を高める。設備機器から知財へのシフトは米アマゾンの拡大で小売店の閉店が増えたように、既存事業を淘汰(とうた)して雇用・設備投資を減らす傾向がある。今の米国を代表する巨大テック企業は企業規模が膨らんだ割に、今回の景気拡大局面では成長に寄与していない可能性が高い。

 金融政策も変わってきた。引き締めは2・25~2・5%が上限となり、そこから緩和が始まった。伝統的な金融緩和での余地は当然小さい。一方で、インフレ期待も低く、FRBは7月末の連邦公開市場委員会(FOMC)で0・25%の利下げを決めた。従来型の緩和に慣れた市場では、この利下げ幅に不満の声もあるが、予防的緩和なら適切だろう。今後の追加緩和も年内は、9月のFOMCでの0・25%利下げ1回までと見る。

 予防的緩和の効果は、景気減速を抑える程度だろう。その先に待つ標準的なシナリオは、2020年にかけても潜在成長率並みの2%前後で緩やかな成長が続くというものだ。景気後退の引き金になる過剰や過熱が生じていなければ、緩やかな景気拡大がさらに持続する可能性はある。しかし、最近の企業の債務残高の拡大、超党派で財政規律に無頓着になって財政赤字と公的債務が膨らむ現状から見ると、景気後退のリスクは徐々に高まるだろう。いったん景気が後退に転じれば、財政・金融政策の伝統的な手法では景気刺激の余地は相当限定される。それだけ今の金利は低く、財政は悪化している。

「バイデン優勢」も

 ここまでの景気展望を脅かす最大のリスクは、トランプ大統領だ。来年の大統領選での再選を目指すが、支持率は40%台前半。これでは再選に足りない。さらに、バイデン前副大統領を民主党の大統領候補に想定した米FOXニュースの7月の世論調査では、バイデン氏支持が49%だったのに対し、トランプ氏は39%と10ポイントのリードを許した。

 それなのに減税効果は予想外に早く消え、追加減税や財政刺激は議会下院を民主党が制している現状では絶望的だ。FRBに利下げを急げと圧力をかけても、予防的な小幅の利下げが実現したに過ぎない。

 そうなると、公約の中でも成果が乏しい貿易赤字削減と保護主義の通商政策に今後傾いていく可能性は十分ある。トランプ氏にとって最も望ましいのは再開される米中貿易協議の早期合意だ。支持層に実績を強調できる上、トランプ氏への不満を強める農家の支持層にも応えられる。

 しかし、中国も強硬姿勢で協議に臨み、交渉が再び暗礁に乗り上げることは十分あり得る。その場合、トランプ氏は支持者へアピールさえできればよいとの読みから、中国に対する第4弾の追加関税発動など対中強硬姿勢に傾くだろう。再選へ向け景気重視に徹するならあり得ない選択だが、その時点で景気が安定し株価も堅調なら米中対立の激化を選ぶだろう。ところが、第4弾の追加関税の米国景気や物価への悪影響はトランプ氏が思うより大きく、景気後退や株安のリスクを高めてしまう恐れがある。

 米中対立が深まれば、米国以上に中国の経済がダメージを受ける。世界経済に波及すれば、2020年に世界経済の実質GDP成長率が事実上の景気後退である3%割れとなり、米国も日本も混乱に巻き込まれる可能性がある。もっとも、そうなる前に株価に敏感なトランプ氏が中国に譲歩するだろうが、選挙戦が本格化すると機動的に対応できない恐れもある。

 中国以外にも、対イラン関係の緊迫、保護主義の対象を自動車に広げて欧州や日本と対立する恐れなど、可能性は低いが払拭(ふっしょく)はできないリスクが存在する。景気が緩やかな拡大を続ける可能性が高い構造になっていることは幸いだが、再選を目指すトランプ大統領が想定外の政策・対応を選ぶリスクが来秋までくすぶることになりそうだ。

(今村卓、丸紅執行役員・丸紅経済研究所長)

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