小説 高橋是清 第58話 三国干渉=板谷敏彦
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日銀西部支店長として馬関に赴任した是清。馬関は日清戦争の物資輸送の拠点となり講和交渉の場となった。日本人愛国者による李鴻章襲撃事件で進ちょくが危ぶまれたものの講和は成立した。
明治28(1895)年4月17日、伊藤博文首相が清国の李鴻章代表との間で講和条約に調印を終えると、明治帝は平和克復に関する大詔(たいしょう)を発した。戦勝と平和と、国民の喜びは絶頂に達した。
ところが、わずか6日後の23日の夕方になって、ロシア、ドイツ、フランスの3国の駐日公使たちがそろって外務省の林董(ただす)外務次官を訪ねてきた。
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