ノルマ廃止した三井住友銀行 模索する新しい営業=編集部
<営業ノルマ廃止の現実>
「これをあなたのご家族に勧めますか」
金融庁の森信親前長官が、各行の「売れ筋投資信託ベスト10」を見せたうえで、各頭取にこう迫ったのはよく知られる。森氏が監督局長時代の2014年ごろの逸話だ。
背景にはあったのは、銀行が手数料目当てに投信や保険商品を販売していた実態だ。新しい投信に乗り換えさせる「回転売買」の実態を金融庁は、14年の「金融モニタリングリポート」で指摘。2年ごとに、その当時の売れ筋トップの投信に乗り換えた場合、10年経過すると手数料などの総額がリターンを上回ることを試算して公表した。
さらに14年事務年度(14年7月~15年6月)の「金融モニタリング基本方針」で、「フィデューシャリー・デューティー(受託者責任)」の概念を初めて取り入れ、金融機関に顧客本位の営業に意識改革を迫った。その先には、遅々として進まない「貯蓄から投資へ」を後押ししたい狙いがある。
その推進役となった森氏は長官時代の16年7月、本誌インタビューで金融機関の販売姿勢を痛烈に批判した。
「サービス業では『消費者側』に立って考えることが当たり前なのに、『生産者側』の論理で金融サービスが提供されていた」
「顧客本位の営業へ」という金融庁の呼びかけに、銀行業界は対応を急いだ。その一つが、個人営業ノルマ(収益目標)の廃止である。
4年間の準備期間
「本当に廃止するのか」
今年4月から始まった三井住友銀行の個人目標廃止が業界で話題となった。営業力に定評のあった住友銀行を母体の一つとするアグレッシブなメガバンクの方針転換だったからだ。
実は三井住友銀は、今年度からの個人収益目標の廃止に向け4年間の準備期間を要した。単にノルマを廃止すれば、顧客本位の営業が定着するわけではない。個人営業における業績や人事評価体系、研修など変革は多岐にわたった。
具体的には15年度から、商品によらず投信の業績評価上の行員の料率(手数料)を一本化。バラバラでは、少しでも手数料の高い投信を売るインセンティブが発生し、結果的に顧客にとって不利な商品の購入につながりかねない。その是正措置だ。
16年度には、ストック収益資産残高を業績評価項目に追加。手数料ではなく、顧客の預かり資産残高で行員の業績を評価するというものだ。17年度からはストック収益資産残高評価の比重を高め、その分手数料のそれを引き下げた。
そして18年度には、さらにストック収益資産残高評価の比重を引き上げると同時に、外部機関調査の「顧客の声」を業績評価に反映する仕組みを取り入れた。ノルマ廃止に向けた移行期間中、現場の行員から管理職まで研修を繰り返し、顧客本位の営業に向けた意識改革に取り組んだ。
一連の取り組みを経て、今年度から店舗など拠点ごとの「収益評価」と「金融商品販売における個人目標」を廃止した。
親会社の三井住友フィナンシャルグループの太田純社長は「(収益評価廃止には)ずいぶん前から取り組んでおり、行員の意識は変わっている」と胸を張る。
生保にノルマは必要
一方で、「販売目標はやはり必要」と考えるのは、日本生命保険の清水博社長だ。その理由をこう語る。
「生命保険には、顧客が潜在的に持っている不安やニーズを、こちらから出向いて話を聞く中で掘り起こして加入してもらうという事業の性格がある。そのため、積極的な販売・コンサルティング活動は必要で、目標を置く方が活動が活発になる」
では、無理な販売につながらないためには、どうしているのか。
「日本生命では販売目標を、市場規模や営業職員数などに照らしてかけ離れたものになっていないか毎年チェックしている。また、既契約の顧客への訪問数など複数の目標を設定して、販売目標だけに偏らない運営を心がけている」(清水社長)
銀行業界にも営業ノルマは必要とする声はある。首都圏の地銀首脳は「営業ノルマは必要」という立場だ。日本郵政グループのかんぽ生命保険の不正販売などを念頭にノルマが不正の温床という見方に対して、この地銀首脳はこう指摘する。
「運用の問題だ。不正に走らせるほどの過大なインセンティブを置けば、郵便局という信頼を逆手に悪用する人が出てくる。しかし、郵便局の事例は極端なもので、それをもってすべての営業ノルマが否定されるものではない」
営業ノルマを廃止する銀行は三井住友銀以外にも広がりを見せる。福井銀行(福井市)や北国銀行(金沢市)など地方銀行でも取り組みが始まっている。
「顧客がいま必要としているサービスは何か」に重点を置く福井銀では、個人向け運用商品の数値目標を今年4月から廃止した。地銀に何よりも求められるのは地域基盤の支援だ。目先の収益目標を撤廃し、コンサルティングに重点を置くことで、より長期的な取引を構築するモデルに転換する流れが進んでいる(75ページに関連記事)。
顧客の悩みや要望を把握し、ニーズに合った運用を行うことで、預かり資産をしっかり増やす。そうした姿勢や取り組みが信用を作り、長期の取引につながる。結果として銀行の収益も増えていく。これが本来求められる営業の理想像だろう。
ノルマは必要か不要か──。働き方改革に取り組む銀行業界で、模索が続く。
(編集部)