週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

スポーツをビジネスに=酒井浩之 元レアル・マドリード社員/762

    「これからの人生でもどうせ苦しむのであれば、スポーツの世界で苦しみたい。ここで勝負してやろうと」 撮影=中村琢磨
    「これからの人生でもどうせ苦しむのであれば、スポーツの世界で苦しみたい。ここで勝負してやろうと」 撮影=中村琢磨

     この夏、サッカー日本代表・久保建英選手がスペインの世界的な強豪クラブ、レアル・マドリードに移籍した。そのレアルで社員として働いた経験を持つのが酒井浩之さんだ。サッカーをめぐるビジネスは今、酒井さんにどう映るのか──。

    (聞き手=元川悦子・ジャーナリスト)

    「スペインでの経験を日本サッカー界のために」

    「レアルやバルセロナで優勝カップを掲げる日本人選手を出したい」

    ── この夏、サッカー・スペインリーグの世界的なビッグクラブ、レアル・マドリードに久保建英、バルセロナに安部裕葵という2人の日本人若手選手が移籍し、大きなニュースになりました(久保選手はその後、スペイン1部マジョルカに1年間のレンタル移籍)。

    酒井 日本人選手の能力が高く評価されたことの証明だと私は考えます。25年前のカズ(三浦知良)選手のイタリア挑戦に始まり、中田英寿選手のローマ(イタリア)でのリーグ優勝、現在はスペイン2部サラゴサに所属する香川真司選手のマンチェスター・ユナイテッド(マンU、イングランド)移籍といった歴史を経て、世界最高峰クラブが日本人の若手に関心を寄せるようになった。それは、紛れもない事実です。

    ── 新たなビジネスへの期待も高まります。

    酒井 スペイン1部は現時点では衛星放送のWOWOWやネット動画配信のDAZNが日本国内の放映権を持っています。が、香川選手やデポルティボの柴崎岳選手らもプレーする2部の放映権は、日本人の所属する試合だけという条件でWOWOWが取りました。このほかにも、チケット販売や試合観戦の旅行、グッズ販売などでさまざまな効果が見込まれ、クラブや恩恵を受けようとする企業にとっては、マネタイズ(収益化)の大きなチャンスです。

    “戦力外”の恐怖

     神奈川県鎌倉市で育った酒井さん。父の友人の影響で幼少期からサッカーにのめり込んだが、県立大船高校時代は高校選手権出場を目指したがかなわず、大学入試でも志望校に届かなかった。しかし、選手になる道はあきらめても、サッカーにかかわりたいという思いは膨らむ一方。日本大学へ進学後、飲食店でアルバイトしたことをきっかけに、思いがけず人生が動き始める。

    ── 飲食店には多くのサッカー選手が出入りしていたそうですね。

    酒井 そこには元Jリーガーの小屋禎さんが出入りしていて、小屋さんやその飲食店のオーナーが青山学院大学のOBだった縁で、青学サッカー部のOBチーム「FC青山」に加入することになりました。FC青山で出会った青学サッカー部の大先輩から「社会勉強しろ」と2001年ごろに勧められたのがアディダスジャパンの仕事で、選手のフットウエア開発のサポートでした。

    ── 02年のサッカー・ワールドカップ(W杯)日韓大会の直前の時期ですね。

    酒井 W杯では各国出場選手に新型スパイクを着用してもらうため、試合会場の埼玉スタジアム2002にも通いました。当時イングランド代表だったベッカム選手にじかに会ったり、日本のベルギー戦やロシア戦のチケットを入手して両親を連れて行く機会にも恵まれましたね。就職氷河期にそんなチャンスをもらい、「いずれは社員になれる」と胸を膨らませていたんですが、W杯後に契約終了となってしまいました。

    ── 失望は大きかったのでは。

    酒井 03年9月に大学を卒業後、一念発起して新卒枠で広告代理店に入社し、スポーツ業界の担当として3年間、身を置きました。07年には再びアディダスジャパンに契約社員として入ったのですが、リーマン・ショック(08年9月)の余波で人員削減の波に巻き込まれました。米ゴルフ用品メーカーの日本法人などで働いたりしましたが、常にいつ“戦力外”を言い渡されるか分からず、とても不安定な状態でした。

    ── 通算3度の外資系企業勤務で、英語力は必須だったのでは。

    酒井 学校へ行ったり留学したりはせず、仕事を通して英語を身に付けました。むしろ、語学ではコミュニケーションを取りたいという気持ちが大事。その気持ちがあれば、語学力がつたなくても相手に伝わるし、コミュニケーションを通して語学力も上がります。それはレアルでのスペイン語の習得でも同じでした。海外移籍するサッカー選手が増えていますが、コミュニケーションが苦手な選手は、いくらサッカーがうまくてもなかなか成功しません。

    レアルで学んだものは酒井さんにとってかけがえのない財産となった
    レアルで学んだものは酒井さんにとってかけがえのない財産となった

    レアル大学院でMBA

    ── なぜ、レアルの大学院でMBA(経営学修士)を取ろうと?

    酒井 これから先の人生でもどうせ苦しむのであれば、スポーツの世界で苦しみたい。スポーツ関係のビジネスには、「3M」と言われるように、メディカル(医療)、メディア、マネジメントというピッチ外の仕事があります。自分に何ができるかを考えると、日本ではマネジメントの人材が薄いことに気が付きました。それなら、ここで勝負してやろうと。さまざまな道を探っている中で、レアル・マドリードの大学院という選択肢が出てきました。

    ── しかし、受かる保証はありません。

    酒井 試験は英語でのリポート提出と面接。生活費を切り詰め、仕事をしながら半年間、必死に英語を勉強しましたね。リポートでは日本サッカーの欧州でのビジネスの可能性、またスペインサッカーの日本での可能性などを書きました。面接はスカイプで、おじさんと女性が面接官。おじさんは面接を終えた後、レアルの名選手だったブトラゲーニョ氏だったことが分かり、びっくりしましたよ。

    ── 見事、合格したのは15年3月です。

    酒井 面接から1週間後、合格通知がメールで届きました。「おめでとう。日本人として初めての合格です。待っています」と英語で書いてあって、もう行くしかないと。その年の9月、スペインへ渡り、世界から集まった受講生たちと一緒に講義を受ける生活が始まりました。各クラブの経営状態を見ながら、成功例と失敗例を検証する授業などが本当に興味深くて、すごく財産になりましたね。

    ── レアル入社に至ったのは?

    酒井 講師にレアルの社員が来ていることを知り、前日どんなに飲んでいても絶対に毎朝8時半から一番前で授業を受け、顔を覚えてもらえるようにしました。社員と話すことができれば、レアルが今、何を考えているのかを知ることができる。ひょっとしたら、レアルで働けるチャンスもあるかもしれない。社員とコミュニケーションを取っているうち、レアルが16年5月、欧州チャンピオンズリーグ(CL)で優勝し、同年冬に日本で開催されるクラブW杯への出場を決めたんです。

    ── 日本人にとって、またとないチャンスですね。

    酒井 大急ぎで職務経歴書や名刺を作ったり、広告代理店での経験を生かして日本でアプローチできるクライアント企業のリストを作り、数多くの社員に渡したりしていました。するとある日、突然スタジアムにあるオフィスに呼ばれ、レアルの人事担当やペレス会長、役員のブトラゲーニョ氏が部屋に来て「頑張ってな」と。その時はわけが分かりませんでしたが、16年5月からインターンシップとして契約し、9月に卒業した後は正社員になりました。

    「金満クラブ」の真の姿

     レアルの内部に入って見えたのは、世間が抱く「金満クラブ」のイメージとはまったく違う、ビジネスに徹した姿だった。酒井さんの役割は、ツイッターなど、ソーシャルメディアを活用した日本でのマーケティング。目標の一つに、レアルが運用するツイッターの日本語アカウントで、1年以内にライバルのバルセロナのフォロワー数を抜くことを掲げた。クラブにとっては新たなスポンサーを獲得するうえで、影響力の大きさを示す重要な指標だからだ。

    ── レアルは00年代前半、ジダン(現監督)やベッカム、フィーゴ選手ら世界の有力プレーヤーを集め、「銀河系軍団」とも呼ばれるなど、世間一般では「金満クラブ」のイメージがあります。

    酒井 「銀河系軍団」はメディアがそう呼んだだけで、ペレス会長は「ギャラクティコ(スペイン語で銀河系という意味)」とは一言も発していません。むしろ、ペレス会長はスペイン最大の建設会社を作り上げたプロの経営者であり、いかに伝統あるクラブでも、いいかげんな経営ではやっていけないという危機感を強く持っていました。有力プレーヤーを集めたのも、スポンサー獲得やチケット、グッズ販売などにつなげることで、クラブ経営を安定させるためでした。

     レアルの経営は「ソシオ」と呼ばれるクラブ会員によって支えられていますが、ペレス会長はそういう人々の気持ちを酌んで運営することに長(た)けたリーダーです。最初にミッションを掲げ、クラブとしての理念と哲学を示し、全員が同じベクトルに向くように仕向ける。その情熱とカリスマ性はすさまじい。「我々のミッションは21世紀最高のクラブになること」と明言し、その方向にひた走っています。そういうトップがいて初めて経営が成り立つことを学びました。

    ── 楽天が16年、バルセロナとスポンサー契約を結んだことが大きな話題になりました。

    酒井 スポンサー契約を発表した翌日、レアル社内で楽天がどんな会社でどんなビジネスの目的があるのか説明してほしいと言われました。連れて行かれた部屋には役員もいたので慌てましたね(笑)。世界的にEC(電子商取引)などを拡大したい楽天にとっては、米アマゾンが大きなライバル。アマゾンが圧倒的な知名度を持つ米国では、楽天が大きなプロモーションをしても効果が見込めません。楽天はバルセロナのスポンサーになることで、欧州での事業拡大に弾みを付けたいという狙いがあったでしょう。

    ── ツイッターの日本語アカウントはどう運用したのですか。

    酒井 日本の時間に合わせてツイートしたり、いかに短い言葉でプレーのすごさを伝えるかに気を付けていましたね。僕が始めた時はフォロワー数が20万人程度で、バルセロナより5万人ほど少ない状態でした。レアルがクラブW杯に出場したこともあり、1年でバルセロナを抜きました。現在は久保選手の加入効果もあって、フォロワー数は38万人。バルセロナは27万人。他のビッグクラブは5万~7万人程度なので、いかに多いかが分かるでしょう。

    自分で「つかみ取る」

    ── 17年6月にはレアルを退社し、独立する道を選びます。

    酒井 1年間ほどレアルの社員として働きましたが、ここで満足しているのでは意味がないと感じて、レアルでMBAを取ろうと思った原点に返ろうと思いました。それは、レアルにおんぶに抱っこになるのではなく、自分で自分の人生をつかみ取るということ。スペインで人脈も築けたので、「日本とスペインのパイプ役」になろうと考えました。ビザの関係もあり、その年の8月に帰国し、昨年4月に自分の会社「Hiro Sakai」を設立したのです。

    ── どんな事業を手掛けているのですか。

    酒井 現在はサッカー界と企業をスポンサーシップでつなぐ事業を軸に、講演やメディア露出を手掛けつつ、選手マネジメントに乗り出したいと思っています。日本では「スポンサー=露出度」という考え方が中心ですが、もう一歩踏み込んで、いかにビジネスにするかを提案し、実践していきたいですね。今度も商談でスペインへ行きます。何の商談か? それはまだ言えません(笑)。久保選手の試合はもちろん見に行きますよ。

    ── これからの夢は。

    酒井 サッカーの欧州4大リーグの中で、日本人が優勝カップを掲げていないのはスペインだけ。レアルやバルセロナで優勝カップを掲げる日本人選手が出てきてほしい。選手じゃない立場で、自分がそれに貢献したいですね。レアルでMBAを取り、社員としてかかわってみて、日本人とはかけ離れた世界なのかと言われれば、決してそうじゃない。スペインでの経験を武器にして、日本サッカー界のために使いたいと思っています。


     ●プロフィール●

    さかい・ひろゆき

     1979年8月、愛知県生まれ。幼少期からサッカーに打ち込み、2003年9月日本大学卒業。アディダスなどスポーツ用品メーカーの日本法人や広告会社を経て、スペインのレアル・マドリード大学院スポーツマネジメントMBAコースに15年3月、日本人として初めて合格。16年9月同大学院修了後、レアルへ入社し、日本向けのマーケティングを手掛ける。17年6月に退社後、18年4月に日本でスポーツビジネスコンサルティング会社「Hiro Sakai」を設立。

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