法務・税務

緊急インタビュー「ゴーン氏海外逃亡の衝撃」を日米英キーマン3氏に聞く

マイケル・ウッドフォード氏
マイケル・ウッドフォード氏

 会社法違反などで起訴後に保釈中だった日産自動車前会長のカルロス・ゴーン氏が2019年12月末、レバノンに逃亡し、国内外に衝撃を与えている。この事件が日本社会に突き付けているものは何か。日本と英米の有識者3人に話を聞いた。(構成=編集部)

<ゴーン氏逃亡「人質司法」に批判続出 初公判の遅れも一因か=編集部>はこちら 

木谷明(元東京高裁判事、弁護士)「保釈決定は当然、裁判所を非難すべきではない」

木谷明氏
木谷明氏

 特別背任罪などで起訴されていたカルロス・ゴーン氏が国外に逃亡した。同氏の行動は強く批判されなければならない。我が国において行った経済活動が我が国の法律に違反しているとして起訴された以上、我が国の刑事裁判を受けることは当然の義務である。

 しかし、ここでわれわれは、ゴーン氏の逃亡を批判する余り、「人質司法」に小さな風穴を開けた裁判所の保釈許可自体を非難したり、これを元に戻すべきだという論に短絡したりすべきではない。我が国の刑事裁判のやり方が、先進諸国の基準から見ていかにも異常であることは明らかである。ゴーン氏がこのようなやり方による裁判を受けることについて強い危機感を抱いたという心情自体は理解できないことではない。

 保釈許可決定は当然の措置であった。そして我々は、起訴後1年以上も経過するのに、証拠開示を巡るやりとり等で日時を空費し、公判のスケジュールさえ立てられない現状をこそ自戒すべきなのだ。

◇きたに・あきら 1937年神奈川県出身。60年司法試験合格、61年東京大学法学部卒業。63年判事補任官。最高裁調査官、水戸地裁所長、東京高裁部総括判事などを歴任後、2000年退官。04~12年法政大学法科大学院教授。12年から弁護士。実父は故・木谷實・囲碁九段。著書に『刑事裁判の心』(04年)、『刑事裁判のいのち』(13年)、『「無罪」を見抜く 裁判官・木谷明の生き方』(13年)など。

スティーブン・ギブンズ(外国法事務弁護士、上智大学法学部教授)「日本の企業統治と司法制度も“悲劇の主人公”」

スティーブン・ギブンズ氏
スティーブン・ギブンズ氏

 ゴーン氏はギリシャ悲劇の主人公になぞらえることができるかもしれない。

 日産の立て直しに成功し、日本社会で英雄になった途端、自分を無敵と思い込み、権力を乱用する過ちを犯した。そして、今回、海外逃亡を企て、自らの無実を立証する機会を放り出した。この愚行により、余生を亡命の身で過ごすことになった。

 しかし、悲劇の主人公は彼だけではない。ゴーン氏の専横に対し、長年見て見ぬふりをしてきた日産の経営陣は、仏ルノーに吸収されそうになると、取締役としての義務は脇に置いて、特捜検察という国家権力に解決をゆだねた。その結果、日産は回復不可能なほどのダメージを受けた。

 さらに、日本の司法ももう一方の悲劇の主人公だ。ゴーン氏によって、容疑者を長期間の拘束により自己に不利益な証拠や自白を強要する「人質司法」の実態が、世界の国々に白日の下、にさらされてしまったからだ。

 諸外国ではありえない企業統治と司法制度によって、日本は国際的な信用の低下に直面している。

 古典的な悲劇には勝者は存在しない。

◇Stephen Givens  1954年米国出身。76~77年京都大学法学部留学後、82年ハーバードロースクール法学博士。96年西村総合法律事務所(現西村あさひ法律事務所)特別顧問、2001年からギブンズ外国法事務弁護士事務所代表。日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事。

マイケル・ウッドフォード 元オリンパス社長「日本の裁判の公正性に疑問がある」

マイケル・ウッドフォード氏
マイケル・ウッドフォード氏

「法と秩序」に関して、私は保守的な人間であると考える。しかし、もし罪のない人が誤って投獄された場合、これは、文明社会が何としても避けるべきものだ。それは司法制度が透明性、公正性、不偏性を持つことによって担保される。

 私は25年以上にわたって英国を拠点とする人権慈善団体Reprieveを支援してきた。この組織は世界中の司法の誤りと闘い、私も彼らから多くのことを学んだ。私は最も尊敬されている法制度の下でも、罪のない人々が誤って有罪判決を受ける事例はあるため、思慮深い人たちは、司法プロセスの有効性を絶えずチェックすべきだと考える。司法制度が世界の国々の中でも優れていると見なされている英国でも、のちに判決が不当な証拠に基づいて下されたと判明した非常に有名な事件がいくつもあった。これは、間違いを修正する機会があるという点で英国の司法システムが機能していることも示している。しかし、日本では、有罪判決に対して控訴が成功した数はごくわずかだ。カルロス・ゴーン氏が直面している経済犯罪の容疑に関連して、私は第二次世界大戦後、日本でホワイトカラー犯罪の有罪判決が再審で覆された事例はこれまでにないと認識している。

有罪率99%から生じる五つの懸念

 ゴーン氏は自らの行動に対し、疑いの余地なく責めを負うべきである。法の支配の下では、裕福で力がある者も、そうではなくささやかな手段しか持たない者も、同等に扱われるべきだ。私が純粋に懸念しているのは、果たして彼が日本で公正な裁判を受けられたのかどうかということだ。そして、一度起訴されれば、有罪率が100%に近い日本の司法制度の下では、実際に公正ではなかったのではないか、と疑念を持っている。

 この有罪率の高さは根本的な懸念を引き起こすものだ。そして、日本の司法制度には、私を不安にさせる以下の多くの側面がある。

 ①逮捕された人々は、弁護士やその家族と接触を許されないまま、非常に長い期間拘束される。尋問が行われている最中、弁護人から引き離され、愛する肉親からも分離されると感情が不安定になる。その結果、尋問を早期に終わらせたい衝動に駆られ、その後のすべてのリスクを負ってまで、犯してもいない犯罪を自白することにつながる。

 ②有罪判決率が99%を超えているため、被告人は起訴されるとより軽い刑にしてもらうため、やってもいない罪を認める誘惑がある。

 ③一旦、起訴されると、ほぼ有罪が確定してしまうような状況は、弁護士の弁護意欲にも大きな影響を与える。

 ④非常に高い有罪率は、それを念頭に裁判官が「忖度」して判断するという圧力を生み出す。検察官による上級裁判所への上訴リスクと、その後、判決が覆される可能性を考えると、裁判官が検察官の起訴に対し、否定的な姿勢を示すのは非常にまれになる。

 ⑤ジャーナリストによる監視――日本では「記者クラブ」システムにより、記者が情報を検察官に依存しているため、検察を擁護する傾向がある。情報へのアクセスを閉ざされてしまうため、ジャーナリストが検察を調べたり、批判することに抑制的になる。

 上記の多くの事柄が、間違いなくゴーン氏の心をよぎり、逃亡者になるという彼の決断につながったと思う。それは、ゴーン氏の弁護士の一人である高野隆氏が、逃亡を非難する一方で、ブログで「私は裏切られたが、私を裏切ったのはゴーン氏ではない」と書いたことがすべてを物語っている。

966日間の勾留に困惑

 私が日本で最近フォローした訴訟の1つは、皮肉なことに、私がオリンパスの社長だった2011年10月当時に不正会計疑惑が浮上したのち、粉飾決算ほう助の罪で有罪判決を受けた横尾宜政という人物のものだ。横尾氏の判決の妥当性については、いくつかの懸念の声が上がっており、私も以下の2点に困惑させられている。

第一に、横尾氏は2012年2月に逮捕されてから966日間勾留され、公判が始まって以降も勾留が続いた。この期間中、横尾氏の弁護士は検察官の尋問に同席できなかった。また、高齢の母親による2、3回の訪問を除き、家族との接触が(または連絡さえ)許可されなかった。裁判の終わりに、横尾氏は長期間の実刑判決を受けたが、主犯であるオリンパスの3人の元役員、菊川剛、森久志、山田秀雄の3氏は執行猶予付きだった。扱いのこの差は全く不当だ。

 私の見解では、日本の司法制度をレビューする委員会を設けるべきだ。これは、起訴前の勾留期間を劇的に短縮し、尋問中の立ち会いはもとより、弁護士と自由に相談できるように促すだろう。また、特別な事情がない限り、基本的な人権に基づき、被告人は勾留中に家族への定期的なアクセスを許可されるべきだ。もし、こうした委員会で、著名な事例で、不当な判決があったことが明らかにされれば、これは日本の司法システムに効果的なチェックとバランスがあることを証明し、前向きにとらえることができる。

 日本は私が非常に尊敬と愛情を抱いている国であり、街中の安全性から、温かく、穏やかで、礼儀正しい人々まで、私にとって多くの側面で西洋諸国よりもはるかに魅力的だ。しかし、私はすべての社会が自身を絶えず見つめ直すべきであるとも信じており、ゴーン氏の問題はおそらく日本の司法制度の改善を再検討する機会を提供するだろう。

 ゴーン氏はフランス当局によって捜査されており、彼はそこで裁判に直面することになるかもしれない。私は他の多くの新事実が、今後数日および数カ月で表に出てくると確信しており、その時に初めて、この事件の真相が理解され、教訓が学ばれるだろう。

◇Michael Woodford 1960年、英リバプール出身。81年英KeyMed(キーメッド、現オリンパス子会社)入社。2008年オリンパス欧州法人社長を経て、11年4月にオリンパス社長、6月に同代表取締役社長CEOに就任。菊川剛会長らの不正会計疑惑を追及し、同年10月14日に解任。著書に『解任』(早川書房)

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