教養・歴史書評

妄想がさらにパワーアップ 岸本佐知子ワールドに浸る=美村里江

    ×月×日

     真面目な風貌で淡々としているのに、とんでもない妄想力を持つ。岸本佐知子さんはそんなエッセイストだ。『ねにもつタイプ』では「コアラの鼻はどんな感触か」という話題から、その鼻を賽(さい)の目切りにする妄想の脚力を発揮していた。

     それがますますパワーアップした最新作『ひみつのしつもん』(筑摩書房、1600円)。例えば、タイトルからすでに怪しげな〈ぬの力〉という一編。「ヌテラ」というパンに塗るナッツペーストから話は始まり、「語の先頭に来る『ヌ』の音にはすごい破壊力が備わっているような気がする」と展開。ヌスラ戦線、ヌレエフ、ジョン・健・ヌッツォと単語が続く。「鵺(ぬえ)」に至っては、別名トラツグミでは召喚できない横溝正史の世界観。そして枕詞「ぬばたま」。夜や黒の枕詞だが、短歌の最初にこの言葉があるとキャラが強すぎて「歌の意味が頭に入ってこない」という。しまいには、「ぬ」は実は宇宙生物で、地球侵略にきているという説へ……。

    〈エクストリーム物件〉では、30年前に切符で改札を通って以来、ずっと地下鉄で生活していた老人のニュースからスタート。そこから一風変わった不動産物件に話が移り、「凹」や「凡」といった文字を住まいとして眺め、「乙」の曲線に座ってゆるりと足を伸ばしてみたい、と……。冒頭と結末だけ見ると荒唐無稽(むけい)だが、全部読むと「そうだね」と思わされてしまうのがすごい。30年間の地下鉄老人のニュースは実はニセだっ…

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