経済・企業プロ厳選 株主が得する企業

自社株買い 10年ぶりや初実施で過去最高 企業統治が背景、米中問題も=森下千鶴

    (注)2015年10月の日本郵政は除く(出所)QUICKのデータを基にニッセイ基礎研究所作成
    (注)2015年10月の日本郵政は除く(出所)QUICKのデータを基にニッセイ基礎研究所作成

     日本企業の自社株買いが増加している。東証1部上場企業で見ると、2019年度は4〜12月で約6・3兆円の自社株買いが実施されている。これは、すでに過去最高だった18年度の金額と同水準、18年度の4〜12月との比較で約1・4倍の金額だ(図)。

    (注)TOPIX500に採用されている企業のうち、2019年4~11月に上場以来初、または10年以上ぶりに自社株買いを発表した企業を機械的に抽出。かんぽ生命保険は2015年11月、JR九州は2016年10月、ソフトバンクは2018年12月に東証1部市場に上場 (出所)QUICKのデータを基にニッセイ基礎研究所作成
    (注)TOPIX500に採用されている企業のうち、2019年4~11月に上場以来初、または10年以上ぶりに自社株買いを発表した企業を機械的に抽出。かんぽ生命保険は2015年11月、JR九州は2016年10月、ソフトバンクは2018年12月に東証1部市場に上場 (出所)QUICKのデータを基にニッセイ基礎研究所作成

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     実施総額の伸びだけではなく、個別企業を見ても、上場以来初めて自社株買いの実施を発表した企業や、10年以上ぶりに実施を決めた企業もある(表)。企業の自社株買いに対する意識の変化や実施額の増加の背景には、何があるのだろうか。

    米中貿易問題

     自社株買いとは、企業が過去に発行した自社株式を自己の資金で直接買い戻すことを指す。自社株買いは、配当とならぶ株主への利益還元といえる。企業が自社株買いを実施すると市場に流通する発行済み株式数が減少。その結果、株式を保有し続けている株主は、全体の株数が減少することにより、今後の1株当たり利益および配当が増えることが期待できる。

     自社株買いが活発になった背景としては、主に二つの理由が考えられる。一つ目は、米中貿易問題などによる景気の先行きに対する不透明感だ。19年は米中対立に代表されるグローバル経済の混乱から、企業にとって投資の意思決定がしづらい一年だったといえる。そのため、手元の資金の使い道として、設備投資などの先行投資よりも株主還元を重視した企業が増えたと思われる。

     また、自社株買いには経営者が自社の株価が割安(適正価格はもっと高い)と意思表示する意味もあり、株価を下支えるアナウンスメント効果も、企業側は期待したのではないだろうか。

     しかし、過去にも同様に先行きの不透明感が強い期間はあった。なぜ、最近になって企業の自社株買いが急に増加したのか。二つ目の理由として、コーポレートガバナンス(企業統治)改革があげられる。

     コーポレートガバナンス改革では、企業が株主などの利害関係者との適切な対話のもと、経営を実行することで、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すこととされている。東京証券取引所は企業の行動指針をまとめた「コーポレートガバナンス・コード」を15年6月に施行、18年6月に改定した。金融庁も18年6月に「投資家と企業との対話ガイドライン」を公表している。

    東証の株価ボードを見る個人投資家(Bloomberg)
    東証の株価ボードを見る個人投資家(Bloomberg)

    資本効率

     それに伴って、株主も企業の「稼ぐ力」に、より厳しい目を向けるようになったこともあり、企業は株主から集めた資本を効率よく利益拡大に活用することが求められるようになった。

     そこで、自社株買いに注目が集まった。なぜなら、自社株買いには資本効率を高める効果もあるためだ。企業が資本をいかに効率的に活用しているかを表す代表的な指標にROE(株主資本利益率)がある。ROEは利益を株主(自己)資本で割った指標である。自社株買いを実施すると分母の自己資本が減少するため、利益が増えなくてもROEは上昇する。

     14年に経済産業省より公表された、いわゆる「伊藤レポート」では、ROE8%以上が目標水準とされた。これは「企業と投資家の望ましい関係構築プロジェクト」と銘打ち、一橋大学大学院の伊藤邦雄特任教授を座長に経営者や市場関係者が議論してまとめた報告書である。これが、企業統治に対する関心を高める機運となった。日本の上場企業のROEは上昇傾向にあるが、欧米と比較するとまだ低く、中長期的に企業価値を高めるためには資本効率の向上が引き続き期待されている状況である。

    政策保有株

     また、コーポレートガバナンス改革では政策保有株(持ち合い株)も課題視されている。その解消方法に自社株買いが用いられていることも、自社株買い増加の理由の一つである。政策保有株とは、買収防衛策や取引先との関係強化のために、二つ以上の企業がお互いに持ち合っている株式のことを指す。18年に改定された「コーポレートガバナンス・コード」では、政策保有株について保有目的が適切か、保有に伴う便益やリスクを具体的に精査し、検証した内容を開示することが求められている。

     政策保有株を売却する場合に株式市場で売却すると、株価を押し下げるリスクがある。その際、発行元の企業が自社株買いを行えば、売却分を吸収することができ、株価への影響を抑制することができる。

     株主還元や資本効率の向上が期待できる自社株買いではあるが、中長期的な業績への影響には注意する必要がある。ROEは利益の拡大もしくは自己資本の減少により、水準が上がる。中長期的にROEが上昇していくためには、分母の自己資本の減少よりも、分子の利益、つまり業績が拡大することがより重要となる。

     分子の利益拡大のためには設備投資などの先行投資が不可欠である。新たに資金調達しない限り、先行投資と株主還元の資金の出所は同じである。最近では、設備投資額を上回る規模で自社株買いをする企業が話題になった。そのこと自体の善しあしの判断はできないが、中長期的に見ると自社株買いだけでなく、将来に向けた投資も実施するのかを注視していく必要がある。

     ただ、自社株買いの増加に代表されるように、日本企業が株主を意識して積極的に還元策を打ち出していることは、世の中一般には歓迎されている。自社株買いに対する企業側の関心は今後も一層、高まっていくと予想される。

    (森下千鶴・ニッセイ基礎研究所)

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