国際・政治中東緊迫

核合意崩壊・制裁復活で高まるイランの挑発リスク=会川晴之

    深い恨み(Bloomberg)
    深い恨み(Bloomberg)

     1月3日、米軍によるイラン革命防衛隊精鋭部隊のソレイマニ司令官殺害でイラン情勢に緊張が走った。イランによる駐イラク米軍基地への報復後、トランプ大統領が追加の軍事行使をしないとの方針を明らかにして両国の直接衝突は回避されたが、イラン情勢は緊迫したままだ。

    (出所)IAEA資料などを基に筆者作成
    (出所)IAEA資料などを基に筆者作成

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     というのはイランと米英仏独中露が2015年7月に結んだ核合意(表)が崩壊の瀬戸際にあるからだ。イランは1月5日、核合意に定める規定をすべて撤廃し、核開発を拡大する構えを打ち出した。反発した英仏独3カ国は14日、国連のイラン制裁再開に道を開く協議の開始を宣言。制裁再開ならば、イランは態度を硬化させ親イラン民兵組織を使って駐イラク米軍や、敵対するサウジアラビアなどへの挑発行為に出て、中東の混迷が深まるリスクがある。

     イランは19年5月から、核合意に定めた規定の一部を履行しない考えを打ち出した。18年5月にトランプ米政権が核合意から一方的に離脱し、厳しい経済制裁をイランに科したことに反発したものだ。経済制裁によりイランは18年、実質成長率はマイナス9・5%に落ち込み、30%超のインフレに悩まされていた。

     イランは、手始めに、300キロと定める濃縮ウランの保有量上限を破った。2カ月後の7月には、濃縮度を規定上限の3・67%を上回る4・5%へと引き上げた。さらに9月には、濃縮効率が増す新型の遠心分離機を導入すると宣言、中部ナタンツの濃縮施設で最新鋭の「IR4」など14種類もの新型分離機を次々に据え付け、濃縮実験などを始めた。

    (出所)筆者作成
    (出所)筆者作成

     核合意の維持・継続を優先させたい欧州諸国は、イランの行動を批判したものの「この程度なら」とお目こぼしをした。核兵器製造には濃縮度90%以上の高濃縮ウランが必要であり、低濃縮ウランの4・5%にとどまるならば問題は軽微と見たためだ。だが、イランが11月に、濃縮活動をやめていた中部フォルドゥ(図)の濃縮施設再開に踏み切ったことで局面が変わった。フォルドゥは山間部をくり抜いて作った地下施設。周囲にはロシア製地対空ミサイル「S300」を配備するなど、軍事的側面が強い施設と言える。

    英仏独が包囲網

     事態を重く見た欧州連合(EU)や英仏独3カ国は、ついに動く。12月にウィーンで開いたイランと英仏独中露5カ国の高官レベル協議でイランの逸脱行為を激しく批判、姿勢を改めなければ国連制裁再開に向けた手続きに入ると通告した。これに対して、イランは米国が「経済テロ」とも言える厳しい経済制裁を科し、欧州企業もそれに同調する現状に不満を表明。その上で「合意履行の見返りとなる経済支援を受け取っていない」として欧州側に誠意ある対応を求めるなど、激しい応酬が繰り広げられた。

     だが、米国の圧力もあり、その後も欧州側は有効な手を打てない。しびれを切らしたイランは今年1月5日、核合意の規定をすべて撤廃するとまで踏み込んだ。具体的に何を新たに始めるかは示さない「戦略的あいまいさ」はあるものの、濃縮度をかつてのように20%まで上げたり、新たな濃縮施設を建設したりする可能性もある。イラン問題に詳しい慶応大学大学院の田中浩一郎教授は取材に「これは核合意に向けた交渉が始まった13年11月の時点にまで戻ることを意味する」と分析、イランが当時、実施していた大規模な核開発を再開する事態になれば、より事態は深刻になると指摘した。

    65日程度で制裁復活か

     英仏独は、イランの撤廃宣言に対抗するため、1月14日に共同声明を発表。国連の対イラン制裁の再開に道を開く「紛争解決メカニズム(DRM)」の手続き発動を正式に宣言した。DRMは核合意に明記されている手続きだ。少々、複雑だが、今後の流れを示そう。

     まず核合意を結ぶ6カ国(イラン、英仏独中露)とEUによる合同委員会を開いて、政府高官レベルで協議する。そこで解決できない場合は、外相による協議に移る。いずれも期間は15日間ずつ。全会一致なら期間延長は可能だ。外相会議でも答えがでなければ、再び合同委員会(5日間)を開き、それでも調整できない場合は、議論の場は国連安保理へと移る。

     安保理は30日以内に、イランへの制裁解除を継続する決議を採択するかを決めなければいけない。(1)制裁決議ではなく、(2)制裁解除を継続する決議──であることがポイントだ。(1)なら、イランを支持する中露が拒否権を行使すれば、決議は葬られる。だが、(2)の場合、9カ国以上の賛成と、米英仏中露の5カ国すべてが拒否権を行使しないことが求められる。イランを敵視する米国の拒否権行使は必至で、安保理に議論が持ち込まれた場合は、制裁再開の可能性が十分にある。

     ただ、核合意により撤回された安保理の制裁は、イランの核・ミサイル開発につながる物資や資金の提供禁止や、金融取引制限などを中心に構成されている。一方、イランが現在受けている経済制裁は、安保理制裁をはるかに上回る厳しい内容だ。このため「安保理制裁が再開したとしても、イラン経済への悪影響は極めて限定的」との見方もある。

     とはいえ、誇り高いイランにとって政治的不名誉は避けたいところだ。イランのザリフ外相は1月20日、「安保理に持ち込まれた場合は、核拡散防止条約(NPT)脱退を検討する」と脅しをかけた。その一方で、24日には独『シュピーゲル』誌に「トランプ政権は、過去を正すことができる。制裁を解除し、交渉の席に戻るべきだ。我々は交渉に臨む用意がある」と呼びかけるなど硬軟両様の構えを示す。予定通りに日程が進めば、国連制裁再開まで65日あまり。激しい駆け引きが予想される。

    (会川晴之・毎日新聞専門編集委員)

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