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国際・政治 ロシア 天然ガスの野望

3大パイプラインで目指す「グレートゲーム」の覇権=原田大輔

(出所)筆者作成
(出所)筆者作成

(本誌初出=2020年2月17日)

<ロシア・天然ガスの野望>

 ロシアは現在、総事業費で約11兆円、総供給容量で世界5位の日本の年間需要量を凌駕(りょうが)する3大国際天然ガスパイプラインプロジェクトを推進し、実現しつつある。

 3大プロジェクトとは、中国向けの「シベリアの力」、トルコ向けの「トルコストリーム」、ドイツ向けの「ノルドストリーム2」である(図1)。シベリアの力は昨年12月に、トルコストリームは今年1月に大々的な開通式典を開催した。ノルドストリーム2は94%が完成したが、欧州市場におけるロシアの天然ガス支配を警戒する米国が昨年末に新たな制裁を発動し、現時点で工事が中断している。

 ユーラシア大陸の東方(「シベリアの力」)、西南方(トルコストリーム)、西方(ノルドストリーム2)が既存のロシアの天然ガス輸送インフラに加われば、輸出能力は現在の1・5倍に増加する。さらにロシア産LNGを輸出する二つのプロジェクト(2009年稼働の「サハリン2」と17年稼働の「ヤマル」)を加えると、現在の欧州のガス需要の8割をカバーする輸出能力を持つことになる。実際、19年の欧州におけるロシア産ガスのシェアは急増し、5割に迫る勢いを示している。

 ロシアが供給ルートを多様化する背景には、まず天然ガスの供給国が増えて競争が激化する中、ソ連時代から外貨獲得の柱となってきたドル箱の欧州を死守し、市場シェア低下に歯止めを掛けたいという狙いがある。加えて、ロシアが00年代の油価高騰を受けて、中央アジア産のガスをロシアルートから締め出し、自国産ガス輸出を優先した結果、中央アジアから中国・欧州へロシアを迂回(うかい)する輸出ルートが立ち上がってしまい、今さらながら、中央アジア産ガスを追い掛け、阻止しようという事情もある。

ウクライナ締め付け

 さらに06年と09年に再燃し、14年のロシアによるクリミア併合の遠因ともなったロシアによるウクライナへの天然ガス供給途絶問題と、それに起因する欧州のロシア産ガス離れ、欧米による対露制裁発動、そして、シェール革命によるガス増産と、欧州向けLNG輸出をもくろむ米国が、ロシアの前に立ちはだかる(図2)。

 ロシアは、ウクライナ天然ガス供給途絶問題によって、ドル箱の欧州市場を確保していく上で死活的なルートであったウクライナ経由のインフラを見限り、ルートの多様化へとかじを切った。まず11年に最初のノルドストリームを完成させた。バルト海を経由して年間550億立方メートルのロシア産天然ガスをドイツへ輸送するパイプラインで、これは原子力発電所14基もしくは石炭火力発電所50基の発電量に相当する。

トルコストリームの開通式典で顔をそろえたロシアのプーチン大統領(左から2人目)とエルドアン大統領(左から3人目)。左はブルガリアのボリソフ首相、右はセルビアのブチッチ大統領=トルコ・イスタンブールで1月8日(Bloomberg)
トルコストリームの開通式典で顔をそろえたロシアのプーチン大統領(左から2人目)とエルドアン大統領(左から3人目)。左はブルガリアのボリソフ首相、右はセルビアのブチッチ大統領=トルコ・イスタンブールで1月8日(Bloomberg)

 これに続き、19年完成を目指し、ノルドストリーム2(年間550億立方メートル)とトルコ向けにトルコストリーム(同315億立方メートル、将来はオーストリア、イタリアに延伸)の建設を進めてきた。これら三つのパイプライン輸送能力の合算は実に1415億立方メートルに達し、現在のウクライナのガスパイプライン輸送能力(同1420億立方メートル)とほぼ同じになるよう設計されている。つまり、そこにはウクライナを締め付ける戦略も垣間見ることができる。

 他方、大規模インフラの構築には当然ながら莫大(ばくだい)なコストと経済性(投資回収)を必要とする。その実現の大きな後押しとなったのは、21世紀の原油価格とそれに連動するガス価格の高騰である。価格の上昇を受けて、資源国であるロシアと旧ソ連諸国(アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン)からも欧州と中国の東西市場へ、さまざまなパイプライン計画が雨後のタケノコのように立ち上がってきた。

生やさしくない中国

 19世紀、中央アジア・アフガニスタンの覇権を巡る大英帝国と帝政ロシアの敵対関係・戦略的抗争・情報戦と両者の攻防をチェス盤上のゲームにたとえ「グレートゲーム」と表現したが、21世紀ではロシア・中央アジア資源を舞台に、パイプライン構築を通じた供給サイドによる欧州・中国市場争奪戦(ロシア対中央アジア)、需要サイド(欧州・中国)による供給ソースへの進出とロシア迂回ルートの構築、そして、対するロシアによる迂回ルートの阻止という「21世紀のグレートゲーム」が進行していると言えるだろう。

 このゲームにおける現在のロシアの戦況は、欧州シェアの上昇と中国向けパイプラインの稼働によって順調に見えるが、実際には欧州シェアの一部はLNGの輸出によって代替された影響が大きく、パイプラインを取り巻く情勢は依然厳しい。

 まず、ロシアだけではないが、ガス価格の低迷が産ガス国全体を苦しめている。

(出所)公開情報よりJOGMEC作成
(出所)公開情報よりJOGMEC作成

 今年に入り、アジア向けスポットLNG価格は100万BTU(英国熱量単位)当たり4ドルを割り込み、欧州向けガス価格は3ドル台前半、米国の天然ガス価格指標であるヘンリーハブでは2ドルを割り込んでさらに低迷を続けている(図3)。旧ソ連時代に建設された既存インフラで輸出できる利を有し、生産コストが安価なロシアであっても、販売される欧州向け天然ガスは、生産コストが約0・6ドル、輸送コストが約2ドル、諸税に約1・8ドルかかることを考えると合計で4・4ドルとなり、すでに赤字領域に入っているのが現状だ。米国産LNGに至ってはさらに液化コスト(3ドル)も加算される。

 また、中国向け「シベリアの力」については、中国は09年にトルクメニスタンから極めて有利な条件で天然ガスを調達することに成功しており、さらにガスの買い手となる中国石油天然気集団公司(CNPC)が、別途ロシアの天然ガス大手ノバテク(NOVATEK)が進める北極圏のLNGプロジェクトに参画することで、ロシア産ガス価格をパイプラインとLNGで比較することを可能にし、供給源確保と多様化を着実に進めている。ロシア産ガスを買いたたける立場に成長した中国は、ロシアにとって生やさしい交渉相手ではないのである。

 一方、トルコストリームは稼働開始に漕(こ)ぎ着けたが、もともとはトルコ向けではなく、黒海経由でブルガリアに揚陸し、イタリアを目指す「サウスストリーム」と呼ばれる計画だった。欧州の対露制裁とブルガリアの対応に業を煮やしたプーチン露大統領の独断で突如、揚陸国をトルコに変更し、トルコに対してはさらに供給ガス価格の値下げにも応じている。

欧州の排除、米国の制裁

 ノルドストリーム2に対しては、欧米政府からの攻撃が過熱し、最終的に完成目前で建設が中断されている。欧州政府はガス指令修正案により、生産者と輸送者を分離できていないノルドストリーム2の事業者であるロシアのガスプロムを排除する方向に動いている。ガスプロムは天然ガス世界最大手であり、ロシア政府が50・23%の株式を保有している半国有企業であるとともに、ロシアからのパイプラインによるガス輸出を独占している。

 また、米国ではトランプ大統領が12月20日、国防授権法案に署名し、盛り込まれたノルドストリーム2とトルコストリームの海洋パイプライン敷設企業に対する制裁が発効した結果、当該企業は作業を停止せざるを得なくなった(ただし、トルコストリームはすでに敷設済みで制裁の影響を受けていない)。

 欧米政府が足並みをそろえてノルドストリーム2を止め、遅延させようとする背景には、まずウクライナへの配慮があると考えられる。同パイプラインの稼働を遅らせれば、ロシアはその間ウクライナ経由でガス供給を行う必要に迫られ、それがウクライナにタリフ(通過料)収入をもたらす。さらに、米国にはシェール革命で急増する米国産LNGを、巨大消費国であるドイツに売りつけたいという実利的な思惑があることは明らかだ。

 19世紀、帝政ロシアと大英帝国で繰り広げられた中央アジアの覇権抗争が、現在、石油・天然ガス資源とその価格高騰という新たな事象を取り込み、供給者(ロシアと中央アジア)と需要者(欧州と中国)、供給者(ロシア)と供給者(中央アジア)との間で、輸送インフラ構築という領土(市場シェア)拡大を通じて重層的にせめぎ合っている。

 各プレーヤーが国益を追求する中で、「21世紀のグレートゲーム」にはさらに資源通過国(ウクライナ)を軸に米国と欧州の干渉と、中国という無視できない巨大市場というプレーヤーが加わり、複雑に変化し続けている。この10年、巨費を投じ巨大インフラを造り出したロシアが、勝者となるのか否かが判明するのはもう間もなくである。

(原田大輔、石油天然ガス・金属鉱物資源機構 担当調査役)

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