教養・歴史

政府の対応はなぜ後手に回るのか=毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班

     コロナウイルスの感染拡大が懸念されています。

     医師が必要と判断しても検査してもらえないといった事例が報告され、情報公開の不足もあいまって、市民の間に政府対応への不信感がひろがっています。

     クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の封じ込めに政府は失敗しましたが、「船内の管理体制はひどい状況だった」という神戸大・岩田教授の告発もあり、科学的な防疫体制の構築より、政治判断や「忖度」を優先したのではないか、という疑念も絶えません。

     政府の感染症対策はなぜ後手に回るのか。

     そこには、「選択と集中」の大義の下、トップダウンで近視眼的な科学研究の切り捨てが進められ、事実や根拠に基づかない政策決定がまかり通ってきたという背景があるのではないでしょうか。

     科学と政治の「危うい関係」を告発した書籍『誰が科学を殺すのか』(毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班著、毎日新聞出版刊)より一部抜粋をお届けします。

    「選択と集中」政策のツケを払わされている!

     「事前に『内定』応募仕込む 内閣府の公募研究」──。

     2018年五月八日、毎日新聞東京本社版の一面トップに、取材班によるスクープが掲載された。「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」を巡る疑惑を暴いた内容だった。

     SIPは、政府の科学技術の司令塔である総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍

    晋三首相)が14年に始めた大型研究開発プロジェクトだ。自動運転技術など、同会議が「重要」と判断して選定した11課題に、14〜18年度の5カ年で総額1580億円を投資している。各課題の責任者である「プログラムディレクター」の下で、基礎研究から実用化までをにらんだ開発を進めるのが特徴だ。

     ところが、実は内閣府は公募を始める前の一七年一二月から一八年一月にかけ、関係省庁と協議し、全一二課題の詳細な内容や、参加する企業や研究機関、目標とする成果、さらにはプログラムディレクターの候補者までの全てを事前に決めていた。

     実際、プログラムディレクター一二人に対し、応募したのは一五人にとどまった。うち九課題では、内定済み候補者一人だけが応募し、競争がないままの「一者応札」になった。内定済み候補者以外でプログラムディレクターに選ばれたのは、たった一人だけだ。

    科学より政権の目玉作りを優先

     第二期SIPは、五カ年の総額で一五〇〇億円規模になるとみられる大型研究開発プロジェクトだ。プログラムディレクターは、具体的な研究開発計画の立案や参加機関への予算配分など、大きな権限を持つ。そんな巨大プロジェクトで、なぜこんな出来レースがまかり通ったのか。その背景には、安倍晋三政権が打ち出した、ある公約との深い関係があった。

     「何か目玉はないか」。

    一七年秋、茂木敏充・経済再生担当相の周辺から、内閣府幹部にこんな打診があった。

     この内閣府幹部は、さっそく腹案を伝えたという。

    「SIPの前倒しという手があります」

     SIPは「出口」である将来の実用化を重視した研究開発事業だ。「革新的な技術を導入する企業を後押しする」とうたう生産性革命と重なる部分が多い。茂木氏周辺はこの案に乗った。

     だがそもそも、当初の方針では、第一期SIPが終わる一八年度にそれまでの実績を検証し、その結果を踏まえ、一九年度に第二期SIPを始めるかどうかを検討するはずだった。しかし、茂木氏周辺のトップダウン的な介入によって方針が覆り、SIPは第一期の検証を待たずに前倒しで継続することが決まったのである。

     この予想外の「前倒し」が、その後の工程をゆがめてしまう。

     一七年度補正予算案には第二期SIPの一八年度分として三二五億円が盛り込まれ、一八年二月に成立した。予算を早期に執行したい内閣府は、続く三月には一二課題のプログラムディレクターの公募を始めた。補正予算の通過から間もないだけでなく、プログラムディレクターの公募自体もわずか二週間という、異例の短期間である。

     取材班は、公募の裏側で行われていた「やらせ公募」の実態を示す内部資料を入手した。

     一二課題の一つ、「健康・医療」分野では、病院にAIを導入し、先進的な医療サービスを目指す「AIホスピタル」の実用化がテーマとなっていた。

     内閣府は取材に対し、一二課題全てで、関係省庁と内閣府が詳しい研究開発内容やプログラムディレクターの候補者を公募前に協議して決め、根回しをしていたことを認めている。

     松山政司・科学技術政策担当相は次のように説明している。

    「各省庁から推薦があった人(内定済み候補者)が選ばれているのは事実だが、公正に選んだ結果だ。補正予算で時間がなかったが、やり方をより工夫できればよかった」

     だがそもそも科学技術は、研究機関や企業に所属する研究者の自由な発想から生まれ、研究者間のフェアな競争によって発展していくものだ。「出来レース」の公募はあまりに公平性に欠ける。

     さらにプログラムディレクターは、一事業当たり一〇〇億円を超える巨額の予算を配分する権限も持つ。

    民間企業も参加するSIPには、自動車業界など特定業界の研究開発費を国が肩代わりするための事業だ、という批判も根強い。その予算を握る人物の選考は、特定業界との利益相反がないよう、公平性と透明性を持って進めるべきではないだろうか。

     「補正予算で事業の継続が急きょ決まった」(生川官房審議官)というのは説明になっておら

    ず、極めてずさんな運用だったと言わざるを得ない。

    『誰が科学を殺すのか』(毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班著、毎日新聞出版刊)

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