国際・政治中国発 世界不況

米中貿易戦争 日本には「最悪」の合意 “ダブルパンチ”で輸出減も=丸川知雄

日本の輸出は米中以上に打撃を受けている(Bloomberg)
日本の輸出は米中以上に打撃を受けている(Bloomberg)

 米国と中国は1月15日、貿易交渉を巡る「第1段階の合意」に署名し、それに基づいて2月14日に双方が上乗せしていた関税を部分的に引き下げた。ニュースで見るかぎり、日本の財界ではこの合意に「とりあえずほっとした」という感想が多かった。<中国発 世界不況>

 しかし、これは世界経済における日本のポジションへの無理解を表明するものと言わざるを得ない。というのも、この合意は日本にとって「ダブルパンチ」になる可能性が高いからである。

 一般には、米トランプ政権の関税上乗せ攻撃によって窮地に追い詰められた中国が大幅な譲歩を余儀なくされたと受け取られている。確かに、2019年上期の中国の対米輸出額は、米国が通商法301条を発動する前の18年上期から8・1%減少しており、景気の減速局面にあった中国にとって、一定のダメージがあったことは間違いない。ただ、中国は米国への輸出減少分を、東南アジア諸国連合(ASEAN)や欧州連合(EU)への輸出増加で相殺しているので、輸出全体で見ると0・1%の増加であった。米国からの輸入が減ったこともあって、貿易全体で見るとむしろ景気を後押しする効果があった。

 米国も、中国の報復で対中輸出額が同じ期間に18・9%も減ったが、EUへの輸出増加などによってある程度相殺しているため、輸出全体の減少は0・9%にとどまった。

あおり食う日韓台

(注)輸出額の2018年上期から19年上期への増減率、ドルベース (出所)各国の貿易統計 (Bloomberg)
(注)輸出額の2018年上期から19年上期への増減率、ドルベース (出所)各国の貿易統計 (Bloomberg)

 米中貿易戦争でより深刻なダメージを受けているのは、実は日本、韓国、台湾である。日本は中国への輸出が9・4%減ったことが響き、輸出全体としても6・0%減となった。韓国はもっと深刻で、対中輸出の減少で輸出が8・6%も落ち込んだ。同様に台湾も輸出が2・9%減少している(図)。

 なぜ米国と殴り合っている中国よりも日韓台の方が大きなダメージを受けるのか。それは今日の貿易が、国をまたいだバリューチェーン(事業活動の連鎖)でつながっていることと関係がある。つまり、米国が中国からの輸入品に関税を上乗せして輸入を減らすと、その輸入品に組み込まれる日本、韓国、台湾からの電子部品や材料や輸出品を作るための機械の貿易も減る。

(出所)国連商品貿易統計(UN Comtrade)
(出所)国連商品貿易統計(UN Comtrade)

 実際、日本から中国への輸出の変化を業種ごとに見ると、中国の内需の影響を受ける自動車はほぼ横ばいだったのに対し、輸出産業にかかわりの深い電気機械(うち電子部品の割合が高い)、一般機械、精密機械の落ち込みが目立つ(表)。米国は今回制裁第4弾分の追加関税を半分引き下げただけで、第1~3弾の追加関税は据え置かれたままであり、こうした影響は続くと見られる。

 そして、さらにここに「第1段階の合意」の衝撃が加わる。その中で中国は米国からの財・サービスの輸入を20、21年の2年間で総計2000億ドル(約22兆円)増やすと約束した。だが、景気後退局面にあり、かつ20年に入って新型コロナウイルス肺炎の流行にも見舞われた中国が輸入全体を2000億ドルも増やすのは難しいと思われる。となると、米国との約束を果たすためには、他の国からの輸入を削らざるを得ない。

 中国は米国から農産品輸入を2年間で320億ドル(約3・5兆円)、工業製品を777億ドル(約8・6兆円)、エネルギー製品を524億ドル(約5・8兆円)、サービスを379億ドル(約4・2兆円)上乗せすると約束した。

 このうち農産品について言えば、米中貿易戦争によって急増していたブラジルからの大豆輸入を米国からの輸入に切り替えることがまず考えられる。また、中国国内での豚コレラ(CSF)の流行で豚肉が2割以上の減産となっているので、豚肉を米国から大量輸入することにもなろう。米国の増産余力がどれほどあるかにもよるが、中国の国内事情から見れば目標は達成可能である。

対日輸入制限も?

 日本にとって問題なのは、工業製品の輸入目標である。中国が目標を達成するために航空機の輸入をEUから米国に切り替えることや、自動車や電子部品の輸入を日本から米国に切り替えることが想定される。企業に呼び掛けるだけで777億ドルもの切り替えが実現するとも思えないので、EUや日本からの輸入に数量制限を設ける可能性もある。それはもちろん世界貿易機関(WTO)の原則に違反しているが、そもそも米中貿易戦争の開戦から第1段階の合意に至るまですべて違反しているのだから、ここだけ原則に忠実になるわけもなかろう。

 日本にとっては米中が2国間だけの貿易拡大で妥協を図るのは最悪の展開であり、双方が関税を上乗せしている異常な状態を早く終息させることがベストである。しかし、そこへ至るのは非常に厳しい。第1段階の合意は「中国製造2025」に象徴される中国のハイテク産業政策や補助金、国有企業の問題に一切触れておらず、米中で妥協が成立しがたいと見られるからである。

 国産化率の向上を目指す「中国製造2025」のような産業政策は、中国のハイテク産業の発展には無益なものであるが、米国が中国のハイテク企業の台頭に恐れをなしてソフトウエアや部品を禁輸することで、中国がますます国家の力でなんとか国産化率を高めようとする、という悪循環に陥っている。国際的なバリューチェーンの中で生きるしかない日本にとっては、米国の禁輸も中国による国産化も貿易の減少を招くので、なんとかこの悪循環を食い止め、敵対的な経済関係に終止符を打つよう米中に促していくべきだ。

(丸川知雄・東京大学教授)

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