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ナイジェリア映画が人気 アフリカでエンタメ急拡大=志村一隆
アフリカ最大の人口1億9600万人を抱えるナイジェリアは、映画産業が盛んである。
同国では上映時間が1時間以上の長編から1時間未満の短編も含め、年間2000本近くの映画が作られている。本数だけを見ると世界的な映画産業の中心地ハリウッド(Hollywood)をも超えるナイジェリアの映画業界は、ナイジェリアの頭文字「N」を取って「ノリウッド」(Nollywood)と呼ばれている。特に、同国の最大都市ラゴスは映画関係者の集積地になっている。
ノリウッド映画の特徴は、麻薬や人身売買、汚職などアフリカの社会問題をテーマにしていながら、結末は必ずと言っていいほど「ハッピーエンド」になる作品ばかりだ。娯楽性の高いノリウッド作品は、他のアフリカ諸国にも輸出されて人気を得ている。
ノリウッドが開拓したアフリカ地域の「エンターテインメント需要」を狙って、欧州、日本、中国など各国の娯楽産業が自らの作品を売り込もうとしている。アフリカでエンタメ市場のシェア争奪戦が始まっている。
年率20%成長
ナイジェリアで映画製作が本格化したのは2000年代初頭である。その多くが、製作費のかかる35ミリフィルムではなく、市販のデジタルカメラで撮影し、製作期間も1カ月未満という低予算映画だ。
実はナイジェリア国内に映画館は300館程度しかないといわれる。しかも、入場料は5000円以上と高額だ。それでも国内で映画が主要な娯楽になっているのは、きっかけになった出来事が関係している。
1990年代初め、VHSビデオの大量の空テープの在庫を抱えたラゴスの電機販売業者が、在庫を一掃するために、友人数人と短編映画を製作し、それをテープにダビングして販売したところ、予想を超えて大人気になった。これがきっかけになり、ナイジェリアでは、映画が映画館よりも「VHS」「ビデオCD」「DVD」などのメディアで低価格で流通し、それを自宅で鑑賞するスタイルが浸透した。
ノリウッド作品は、輸出先の国々でも人気だ。例えば南アフリカの有料テレビ放送「Multi Choice(マルチチョイス)」が、ナイジェリア映画に特化した24時間放送のチャンネルを四つも開設するほどだ。
近年は衛星放送やインターネット動画配信を使った視聴も増えている。筆者が視察したナイジェリアの電機店では、欧州の音楽・アニメ専門24時間チャンネルGOtv(本社オーストリア)や、南アのマルチチョイスが所有するサハラ以南(サブサハラ)向けのDStvの申し込みができるようになっていた。また、ネット動画大手ネットフリックスも、10本以上のノリウッド作品をそろえるなど世界に配信されている。
ナイジェリアのメディアおよびエンタメ市場規模は17年時点で37・6億ドル(約4100億円、PwC調べ)。22年まで年率20%を超える成長が予測されている。
アジアが巨大化したあと、最後の成長市場はアフリカである。アフリカは今後30年間で人口が10億人増加する。50年に中国、インドに次ぐ世界3位の人口大国になると予想されるのがナイジェリアである。
経済規模でも、アフリカ、サブサハラの域内総生産(GRP)は1・71兆ドル(約190兆円)と20年間で4・63倍に増えた。すでに中国がナイジェリアに大型投資をしている。石油・ガス産業への中国の投資額は1600億ドル(約17兆円)になる。
日本は支援で足掛かりを
一方、日本は、アフリカ諸国と3年ごとにアフリカ開発会議(TICAD)を開催、官民合わせた交流を続けている。19年に横浜で開催されたTICADでは「民間投資、産業人材の育成」が掲げられ、今後3年間で200億ドル(約2兆2000億円)の民間投資を後押しする支援を打ち出している。
日本政府は05年以来アフリカに30億ドル(約3300億円)を投資しているが、その多くはエネルギーや道路などのインフラである。しかし、今後の成長分野は中間層向けの消費財、エンターテインメントといった分野になる。消費財やエンタメ産業にとって、若年層の増加が30年間続くナイジェリアは参入すべき市場だろう。
アジアの国々にコンテンツを販売しようとしても、必ず韓流コンテンツが席巻しているが、ナイジェリアには、まだ韓流は届いていない。それどころか、いまだに、70~80年代に人気だったジャッキー・チェンなどの香港カンフー映画が人気のようだ。日本のエンタメ産業にとって、ナイジェリアにいま進出し、これからの成長をいち早く取り込むことは大きなビジネスチャンスである。さらに、ナイジェリアで市場を獲得することは、日本のコンテンツ「クールジャパン」をアフリカに輸出する布石になる。
19年11月、ラゴスでアフリカ国際映画祭が開催された。「ジャパンナイト」と銘打った初日は、人気アニメ映画「君の名は。」を手がけた新海誠監督の「星を追う子ども」(11年公開作品)が上映された。
こうした取り組みは重要だが、日本が他国に先駆けてナイジェリアとの関係を強化するには、同国のエンタメ産業が抱える課題を解決する支援をしながら信頼を得ていくことが必要だ。ナイジェリアのエンタメ産業の課題は三つある。
一つ目はインフラの整備、特に国内に300館程度しかないという映画館を増やすことだ。DVDやテレビだけでなく、映画館での鑑賞に堪える作品になれば、アフリカだけでなく世界に輸出できる。ナイジェリアのある脚本家は「郊外の村や町に小さなコミュニティー映画館を建てたい」と話していた。
二つ目は人材育成である。現地の若者向けエンタメ番組を制作・放送するテレビ局「RaveTV」のアントニー・ンワカロー最高執行責任者(COO)は「ポストプロダクションやエンジニアなど制作スタッフの数が圧倒的に不足している」と映画産業の担い手を自国で育てられないことを心配していた。実際に、エンタメ業界は人気が高いにもかかわらず、フィルムスクールなど教育制度が整備されていない。脚本家の多くは、ニューヨークやロンドンで学んだ留学組である。
三つ目は、著作権の管理だ。ナイジェリアでは人気の映画やテレビ番組の海賊版メディアが1枚150円程度で大量に流通しており、この状況を懸念する脚本家は多い。海賊版も含め人気が出るほどヒットさせ、タレントや俳優がライブで稼ぐというモデルしかないという。人材育成と一緒に、こうした権利関係の意識を草の根で根付かせていく必要がある。
(志村一隆・吉本興業取締役)