国際・政治 環境
EUが「輸入品に炭素税」 日本製品にも影響か=有村俊秀
2019年12月に欧州委員会委員長に就任したフォンデアライエン氏は、炭素(温室効果ガス)排出に関する国境調整措置を政策手段として公式文書に明記した。EU(欧州連合)の輸入品に対して関税として炭素税を課そうという考え方である。この国境炭素税が今、論争を呼んでいる。
国境炭素税に期待される効果はどのようなものだろうか。
第一に、排出規制に熱心でない国の温暖化対策を促進することが期待される。第二に、EUでの生産やそれに伴う温室効果ガスの排出が海外に移転(炭素リーケージ)しないようにすることが期待される。第三に、排出規制の進んでいない国で製造される製品に対して炭素税を課し、製品価格を上昇させることにより、EUの鉄鋼などエネルギー集約産業の競争力を守れるとされている。
この国境炭素税は、突然出てきた考え方ではない。先進国に温室効果ガスの排出削減を義務付けた京都議定書から米ブッシュ政権が離脱した時に、米国に温暖化対策を促す政策手段として、欧州で議論が始まった。
その後、米国でも、気候変動に取り組み始めたオバマ政権下で、メキシコなどの新興国に対する国境炭素税の議論が行われた。また、米議会では09年、クリーンエネルギーの促進や温室効果ガスの削減などを盛り込んだ「ワックスマン・マーキー法案」が下院で承認された。全米レベルの排出量取引制度が導入される一歩手前までいったのである。排出量取引とは、各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量を排出枠という形で定め、排出枠を超えて排出した企業などが、排出枠より実際の排出量が少ないところから排出枠を買うことを可能にし、それによって削減したとみなす制度だ。
EUではこれまでも、国境炭素税の提案は数回なされてきた。しかし、今回は本気度が違うようであり、20年中に制度設計を行うため専門家が集められているようだ。背景には、EUが30年に温室効果ガス排出量を40%削減(1990年比)という高い目標を掲げていることにある。それを達成するには、エネルギー集約的な産業の負担が大きくなり、国際競争で不利になる可能性がある。海外との競争条件を均等にするために、輸入品に対して国境炭素税を課す必要が出てきている。
日本でもかつて議論
実は、日本でも国境炭素税に関心が持たれ、10年に財務省関税局で検討会が開かれ、筆者も委員として参加した。その際、筆者らの研究グループは、国境炭素税の実際の効果について経済モデルを用いて検証した。この試算では、海外からの輸入品に炭素税を課税するだけでは、炭素リーケージはあまり防げないし、国内のエネルギー集約産業の保護も十分にできないという結果になった。輸入関税に加えて、輸出品に課されている炭素税負担を輸出の際に国が企業に還付すれば、産業保護や炭素リーケージ抑制の効果が得られるというものだった。
EUでの具体的な制度設計はこれから始まる。これまで議論される度に国境炭素税はWTO(世界貿易機関)の視点から懸念が示されてきた。つまり、自由貿易促進の世界的な流れの中で、国境炭素税は時代に逆行するものであり、WTO違反になる可能性があると考えられることが多かった。
しかし、国境での措置は、炭素税である必要はない。炭素価格のもう一つの方法、排出量取引が考えられるのではないだろうか。つまり、EUの輸入業者が、製品の温室効果ガス排出量に応じて、排出枠を購入するというものである。これなら、関税ではないので、WTO違反の可能性も低くなると考えられているようだ。米国で議論された前述の法案でも、輸入業者が排出枠を購入する義務を負うものだった。
また、EUで国境炭素税を導入するには、税に関することであるため全会一致が必要で、ハードルが高い。そのため、EU内では05年、炭素税ではなく、EU域内排出量取引制度(EUETS)が導入された。税ではないので、本稿でも以下では、「国境炭素調整」という言葉を使う。
対象の製品、セクターはエネルギー集約的な産業からスタートすることになるだろう。鉄鋼、セメント、アルミニウムなどが考えられる。特に、これらの産業を守ってきた排出枠の無償配分が減らされており、これらの産業を守ることが必要とされている。
WTOとの整合性
国境炭素調整が導入された場合、どの国からの製品が対象となるのか。EUと同レベルの排出規制を実施していない国に対して行うのが、効率的な政策だろう。しかし、どの国がEUと同レベルかを区別するのは容易ではない。また、WTOの考え方と整合するには、国によって区別するのは難しいとされている。例えば、中国製品には課税するが、日本製品には課税しない、というのは難しいかもしれない。
また、どれだけの炭素価格を負担するのかも大きな課題になる。国境炭素調整では、輸入される産品の生産にどれだけ二酸化炭素(CO2)が排出されたかを調べなければならない。各製品の平均的なCO2排出原単位を計算するのも時間を要するだろう。
ただし、EUは域内の排出量取引制度の排出枠の量を決定するのに、各種製品の排出量のベンチマーク(指標となる平均値)を算出しており、これを使えば、それほど時間を要しないかもしれない。なお、この方法だと制度の実現性が増す一方で、当初目的の炭素排出削減のインセンティブは弱くなる。なぜなら、多くのCO2を排出している効率の悪い技術を持つ国も、より良い技術のレベルでCO2を削減している国でも、同じ製品であれば炭素価格負担は同じになるからである。
また、制度が設計されても、稼働するのは数年先と考えられる。WTOと整合するためには、対象となる国に十分に準備時間を与えることが必要となるからだ。上述の米国法案でも、数年の猶予期間が設けられていた。
国境炭素調整が導入されれば、日本の企業にも影響はあるだろう。さらに、製品のサプライチェーン(供給網)はグローバル化しており、仮に中国からの輸出品が影響を受ける場合、部品を供給している日本企業や、中国にある日本の関連企業に影響が及ぶかもしれない。
いずれにしろ、蓋(ふた)を開けてみないと分からない国境炭素調整のデザイン。EUの温暖化対策から目が離せない。
(有村俊秀・早稲田大学教授)