インド 不良債権、双子の赤字、インフレの三重苦=西浜徹
インド経済は、2014年の総選挙を経て誕生したモディ政権による経済政策を背景に、中国経済が勢いに陰りをみせるなかで、それに代わる世界経済のけん引役を期待する向きがあったかもしれない。しかし、足元の経済成長率は4%台と6年ぶりの低水準に鈍化するなど、かつての勢いは完全に失われている。
さらにインドの経済成長は、13億人という人口を背景とした旺盛な家計消費がけん引役となってきたものの、二輪車や四輪車の販売台数は1年以上、前年割れの展開が続くなど、その勢いは大きく鈍っている。
利下げが利かない
背景にあるのは、国有銀行を中心とする銀行セクターが抱える深刻な不良債権問題と考えられる。モディ政権の発足後、政府は慢性的なインフラ不足の解消とそれに伴う対内直接投資の誘致を通じた経済成長実現に向けて、巨額のインフラ投資を推進した。ただし、インドは慢性的な財政赤字を抱えるなど財政的な余裕が乏しく、その大部分をPPP(官民連携)を通じた民間資金の活用で賄うべく、国有銀行を中心とする銀行セクターから大量の資金を供給した。
加えて、政策的な後押しを背景にノンバンクなどからも大量の資金が投入されたものの、その後の景気減速を受けてこれらの多くが不良債権化している。一昨年の国際金融市場の動揺に際しては、経常赤字と財政赤字の「双子の赤字」を抱えるなど経済の基礎的条件の脆弱(ぜいじゃく)さを理由に、資金流出圧力が強まる事態に直面した。結果、インド金融市場では流動性不足が懸念され、一部のノンバンクが破綻するなど、金融セクター全体への悪影響が懸念される。
なお、モディ政権はここ数年銀行セクターに対して公的資金の注入による不良債権処理に取り組んでいるが、19年3月末時点の銀行セクター全体の不良債権額は9兆ルピー(12.6兆円)超に達する上、条件緩和債権を含めるとこれを大きく上回るなど「焼け石に水」の状況が続く。中銀は昨年、断続的に計4回(累計1.35%)の利下げを行う金融緩和を進めたが、不良債権が重しとなり市中金利の下落幅はこれを大きく下回るなど金利高が消費意欲の足かせとなっている。
さらに、足元のインドでは天候不順も景気にマイナスに作用している。インドではモンスーン(雨季)の雨量が主要作物の作柄に大きく影響を与えるが、昨年度のラビ期(乾季作)に続いて、今年度のカリフ期(雨季作)も主要作物の作柄が悪化した。インドでは依然国民の6割以上が農村に居住しており、農業生産の動向は所得に直結しやすいため、作柄の悪化による所得減はそのまま消費態度の悪化につながる。
主要穀物の作柄悪化は食料品価格の上昇を通じてインフレ率の加速を招く。足元のインフレ率は中銀が定める目標を大きく上回っており、年明け以降の中銀は一転して追加利下げに動けなくなっている。結果、農村部のみならず都市部でも家計消費を取り巻く環境は急速に悪化しており、旺盛な家計消費を期待した企業部門も設備投資意欲を低下させるなど、内需は全般的に厳しさを増している。
なお、政府は昨秋に法人税減税を柱とする景気刺激策を発表したほか、4月からの来年度予算でも補助金や年金の拡充に加え、中間層を対象とする所得税減税のほか、インフラ投資の拡充など景気下支えに向けた取り組みを強化させている。ただし、上述のように財政を巡る余裕が乏しいことを理由に、思い切った財政措置を打ち出すことは難しく、政府が望む「8%成長」は夢のまた夢といった状況にある。
さらに、足元では中国発の新型コロナウイルスが世界経済の新たな脅威となっている。インド経済は構造上輸出依存度が低いものの、輸出の多くを欧米などの先進国や中東など産油国向けが占めており、世界経済の減速による影響は免れない。
他方、足元の国際原油市況の低迷は、国内の原油消費量の約7割を中東からの輸入に依存するインドにとって、インフレ圧力を和らげるほか、経常赤字の圧縮につながるなど好材料が期待される。ただし、銀行セクターが脆弱ななかでの金融市場の動揺は流動性の逼迫(ひっぱく)度合いを高めて新たな内需の重しともなり得るなど、引き続き景気浮揚に向けた材料を見いだしにくい展開が続くであろう。
(西浜徹・第一生命経済研究所主席エコノミスト)