投資・運用コロナ相場に勝つ日本株

日銀のETF買い入れ 「年12兆円」に倍増するも乏しい効果に遠のく出口=井出真吾

ETFの含み損は一時、3兆円に迫った……(Bloomberg)
ETFの含み損は一時、3兆円に迫った……(Bloomberg)

 日本銀行のETF(指数連動型上場投資信託)累計買い入れ額が今年3月に30兆円を超えた。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大による金融市場の混乱を受けて買い入れペースを加速したこともあり、今年1〜3月だけでも2・5兆円強を購入した格好だ。株式市場には日銀のETF買い入れが相場の下支えになると見る向きも多いが、日銀が期待する買い入れの効果は実際のところ持続性が乏しい。

 日銀がETFの買い入れを始めたのは2010年12月だ。当時の白川方明総裁のもと包括的金融緩和策の一つとして導入した。TOPIX(東証株価指数)、日経平均、JPX日経インデックス400(14年11月から)の3指数に連動するETFを当初、年間4500億円程度をめどに買い入れていたが、13年4月に黒田東彦総裁体制で「異次元緩和」がスタートすると年間1兆円に増額、その後も3兆円(14年10月)、6兆円(16年7月)と段階的に増やした。

 年間6兆円に増額して以降、1日当たりの買い入れ額は今年2月まで700億円程度で安定していたが、3月2日に突如1002億円を買い、市場の話題となった。しかも、従来は午前中のTOPIXが0・5%程度下落すると午後に日銀がETFを買うとされてきたが、この日は午前のTOPIXが1・1%上昇したにもかかわらず購入するという「異例の実弾投入」だった。

(出所)日銀、ブルームバーグより筆者作成
(出所)日銀、ブルームバーグより筆者作成

 それでも市場の混乱が続いたため、3月16日には臨時の金融政策決定会合を開催し、「当面は」という条件付きながら年間12兆円ペースに倍増することを決めた。3月19日以降は1日当たり2004億円を買い入れ、従来の3倍近くに拡大させた(図1)。金融市場が落ち着きを取り戻すまでは、1000億円以上を維持するのだろう。

短すぎる“賞味期限”

 日銀がETFを大量に買うと株価形成をゆがめるなどの副作用も指摘されるが、今は非常事態でもあり、ETF買い入れ額を一時的に増やすのはかろうじて正当化できよう。しかし、これまで必ずしも非常時とは言えない時も継続的に買い入れてきた。その結果、買い入れ額が累計30兆円を超えたわけだが、問題は「効果」が乏しかったことだ。

 日銀はETF買い入れの目的を「リスクプレミアムに働きかけるため」としている。リスクプレミアムとは簡単に言えば「投資家がリスクを嫌がる度合い」だ。つまりリスクプレミアムを押し下げることができれば、投資家が積極的にリスクを取るので社会にリスクマネーが循環し、結果的に物価上昇につながるというロジックだ。

(注)リスクプレミアムは「株式益利回り(日経平均)-長期金利」で産出 (出所)QUICK、Refinitivより筆者作成
(注)リスクプレミアムは「株式益利回り(日経平均)-長期金利」で産出 (出所)QUICK、Refinitivより筆者作成

 では、リスクプレミアムは下がったのか。リスクプレミアムを直接的に観測することはできないが、19年5月、日銀の雨宮正佳副総裁は国会でリスクプレミアムについて聞かれ、国債と株式の利回りの差(イールドスプレッド)などを挙げた。そこでイールドスプレッドの推移をみると、異次元緩和を開始した13年4月の4%程度から直近の8%程度まで趨勢(すうせい)的に上昇しており、ETF買い入れ後もリスクプレミアムは一向に下がっていないことが分かる(図2)。

 もっとも、年間買い入れ額を増額した直後の数カ月間はイールドスプレッドが低下した。短期的には効果が認められるものの、いずれのケースも再び上昇しており、ETF買い入れ政策の賞味期限は短いと言わざるを得ない。日銀が一定金額を買うことが日常になると、市場は“慣れっこ”になり効果が薄れる。それでも株価急落を恐れる日銀にとって、市場にサプライズを与えるには増額を繰り返さざるを得なくなった。

「日銀がETFを買わなければ、もっと株価が下がったかもしれない」という肯定的な意見がある。一方、「日銀が日常的に買い支えてしまうから買い時が来ない」という投資家の不満をよく耳にする。大事なのは、株価は中長期的には経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)に応じた適正価格に収斂(しゅうれん)するという、極めて基本的かつ強力な市場メカニズムの存在だ。日常的に市場をコントロールする必要はない。

含み損は2・9兆円に

 新型コロナショックで株価が急落した際、日銀が保有するFTEの含み損が話題となった。日銀が破綻することは基本的にないが、国民負担となる点は見逃せない。日銀は毎年度の利益(準備金や配当への充当分を除く)を国庫納付金として国の一般会計に納めるが、もし年度末時点で含み損を抱えていれば引当金を計上するため、その分だけ国庫納付金が減る。

(注)買い入れを開始した2010年から2020年3月末までの累計。▲はマイナス (出所)筆者推計
(注)買い入れを開始した2010年から2020年3月末までの累計。▲はマイナス (出所)筆者推計

 筆者の試算では、含み損が20年3月には一時約2・9兆円に膨らみ、10年以降に日銀が得たETFの分配金(累計約1・7兆円)を一気に吹き飛ばす状況だったが、3月末時点ではかろうじて含み益となったようだ。実は、他にも国民負担がある。日銀が保有するETFの信託報酬(管理手数料)は累計1600億円程度とみられる。3月末の保有額をベースに試算すると、年間400億円ほどを国民が負担することになる(表)。

 20年末には日銀がETFの買い入れを始めて10年がたつ。増額を繰り返しつつ日常的にETFを買い続けたことに加えて、直近の非常事態への対応で出口がますます遠のいた。何より日銀は「リスクプレミアムに働きかけることができている」と言い続けるが、その状況証拠すら示したことはないはずだ。足元の金融市場の動揺が落ち着けば、日銀自身が政策の費用対効果を何らかの形で示すことを期待したい。

(井出真吾・ニッセイ基礎研究所上席研究員チーフ株式ストラテジスト)

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