緊急対策を斬る! 売上高50兆円1カ月で蒸発 まるで賄えない非現実プラン=愛宕伸康
「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」(緊急対策)が4月7日に閣議決定され、その見せかけの事業規模の大きさや給付金に課された条件の複雑さなどが物議を醸している。
感染がまだ拡大している局面(緊急対策の「緊急支援フェーズ」)で講じるべき対策の要諦は、十分な補償やつなぎ資金など強力なセーフティーネットを提供して人の移動を抑制し、一刻も早い感染拡大の終息を目指すことだ。筆者は決して財政拡張論者ではないが、今はその施策に金を惜しむべきではない。
政府がセーフティーネットをしっかり張らなければ、結局人々は感染というリスクに身をさらしながら、生きるために経済活動を続けることになる。
稼ぎの4割が消える
最初に確認しておきたいのが、外出抑制や企業の営業自粛によって「蒸発」してしまうと考えられる売上高の規模である。
日本企業全体の売上高を把握する統計としては、今年3月31日から総務省が公表を開始した2019年の「経済構造実態調査」がある(表1)。5年ごとに実施されている「経済センサス・活動調査」の中間年調査として開始されたもので、いわば「経済センサス・活動調査」の直近版だ。これを見ると、日本企業の18年売上高は1520兆円である。単純計算で1カ月126兆円、「小売業」「宿泊業・飲食サービス業」「サービス業(他に分類されないもの)」に限定すると1カ月18兆円の売り上げになる。
最初に、「緊急事態宣言」の対象に指定された7都府県(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)とそれ以外に分け、それぞれに業種別の売上高の減少率を、新聞などのミクロ情報を参考にしながらざっくり想定し、日本企業全体の売上高を試算したところ、1カ月で48兆9000億円、総売上高の約4割が蒸発する結果となった。国内総生産(GDP)に換算すると1・6%に相当する。
その後、緊急事態宣言の対象は7都府県から全国に拡大され、予定通り5月6日までの1カ月間で終了しない可能性も出てきた。試算した蒸発額は上振れるリスクが高い。今回の緊急対策は、こうした状況を想定しているとは到底、考えられない。
表2は今回の緊急対策の内訳だ(内容は本稿執筆時点の4月14日現在)。事業規模108兆2000億円は、09年の「経済危機対策」56兆8000億円を超え過去最大という触れ込みだが、このうち「緊急支援フェーズ」で執行されるのは、「感染拡大防止策と医療提供体制の整備及び治療薬の開発」と「雇用の維持と事業の継続」の施策である。
前者に計上された2兆5000億円には、インフルエンザ薬「アビガン」の備蓄やマスク配布などが含まれる。後者が現金給付やつなぎ融資であり、計上された金額は事業規模80兆円、財政支出22兆円になる。
政府部門の支出を指す財政支出22兆円には、(1)中小企業、個人事業主向け給付金(「持続化給付金」)、(2)減収世帯向け給付金(「生活支援臨時給付金」)、(3)中小企業資金繰り対策、(4)財政投融資──などが含まれる。財政投融資とは、税金を財源にするのではなく、財投債の発行などによって調達した資金(「有償資金」)を財源に実行する融資のことである。
このうち、「持続化給付金」は、売り上げが前年に比べ50%以上減少した企業に対し、中堅・中小企業は上限200万円、個人事業主は上限100万円の範囲内で、前年度からの減少額を給付する。
財務省の法人企業統計によれば、資本金1000万円以上1億円未満の企業の1カ月当たりの売上高は約5000万円、人件費は約900万円である。人件費以外の固定費も考えれば、売り上げが半減した企業が200万円の給付金を得てもかなり厳しい。
他方、事業規模80兆円のうち財政支出22兆円以外の部分は何かというと、税・社会保険料の猶予分26兆円、日本政策金融公庫の実質無利子融資、信用保証協会の保証料減免、民間金融機関を通じた実質無利子・無担保の融資制度などが含まれる。こうした資金繰り支援策が合計で45兆円計上されているわけだが、その額が十分でないことは、前述した「売上高の蒸発分」と比較すれば明白である。
時間との勝負
中国武漢市の都市封鎖が解除まで2カ月半かかったことを踏まえると、緊急事態宣言が延長される可能性は高く、今回の対策で計上されたセーフティーネットでは心もとない。いずれにせよ、蒸発する売上高を給付金だけで賄うのは「非現実的」であり、融資をうまく使っていくしかない。
規模だけでなく、執行スピードも重要だ。財務省の法人企業統計を用いて、企業の保有する「現金・預金」で、「売上原価」と「販売管理費」が何カ月賄えるかを計算してみたところ、全規模全産業の平均で1・8カ月と、2カ月もたないことが分かる。
政府が緊急事態宣言を発令してからほぼ1カ月。新型コロナの影響による倒産も出始めている。すでに「時間との勝負」になっているのは明らかだ。
(愛宕伸康・岡三証券チーフエコノミスト)