米中の焦点と日本の選択 佐橋亮 「米中対立の長期化を見据えよ。経済と安全保障の“線引き”を」
<Interview 米中の焦点と日本の選択 Part1>
米国と同盟関係にあり、中国とも経済的結びつきが強い日本は、両国間で板挟みになりやすい。米中対立のなか日本の取るべき立ち位置について、気鋭の国際政治学者に聞いた。
(聞き手=神崎修一/加藤結花/大堀達也・編集部)
米中対立は「貿易戦争」「安全保障・技術」「イデオロギー」の3層構造だ。貿易戦争は再選を目指すトランプが推進。安全保障・技術は明確に米国の覇権や優位の維持を考えてきた。
安全保障・技術で米オバマ政権は強い姿勢を取れなかったが、トランプ大統領が貿易戦争を始めたことで「中国をたたいていい」という雰囲気が出来上がった。ここで貿易戦争と安全保障・技術の二つが結びつく。つまり貿易戦争による危機意識を使い安全保障・技術のための政策や法律を成立させた。
さらに、コロナ禍でトランプ氏の失策が露呈すると、中国を“イデオロギー的に異質な存在”と捉え、「中国共産党の不透明さが諸悪の根源だ」という“問題のすり替え”が起き、安全保障・技術とイデオロギーの問題意識が結びついた。全米に広がった対中認識の悪さのなか、秋の選挙が近づいており、対立がこれまで以上に激化している。ここで貿易戦争まで再燃すれば、米中関係は危機的な状況に陥る可能性がある。
一方、中国も「今は国際秩序の変革期」と考えているため、ウイルス発生や初動対応を巡って米国が中国に不利な言説をまき散らすことは許しがたい。さらに、米国が香港や新疆ウイグルの問題など中国にとって妥協できない「核心的な利益」に触れ始めた。中国は対米関係を短期的に安定させることすら難しいと考えている。
貿易戦争や安全保障・技術の問題と違って、イデオロギーの対立には“出口”がない。対応を誤れば引き返せなくなる。仮に貿易協議の「第1段階合意」の内容まで反故(ほご)にされると、安全弁がなくなってしまう。
安全保障だけで回らない
日本は米中の対立に巻きこまれても損をするだけだ。やるべきことは、他の国と協調して戦後秩序の良い部分を残すことだ。他方で、中国とは安定した関係を実現しなければならない。
米国は自国の優位を保持するため、国際社会や経済活動から中国を「分離」しようとしている。ファーウェイと台湾積体電路製造(TSMC)取引を難しくするように技術管理を強化したり、中国人民解放軍と関係する学生を入国させないなどの措置が続いた。その中で、日本や他の先進国にも同じ対応を求め始めている。
中国を分離することは、30年間、中国を組み入れて進んできたグローバル化を否定することになる。中国主導の国際秩序は望ましくないことはどの国も分かっている。しかし、分離による「経済的コスト」を、どこまで受け入れられるかという難しい問題がある。
今後、輸出管理強化やサプライチェーンの見直しなどへの対応で、日本の当局は米国と協力していくことになるだろう。問題はそれが安全保障の理屈で行われることだ。安全保障だけで経済は回らない。経済と安全保障の線引きを明確にし、どう両立させるかが重要になる。経済がグローバル化した現代は、日本だけが米国と同じような規制を導入すれば、一方的に不利益を被ることになるからだ。中国への対応を念頭に置いた国際秩序作りには、他の先進国と歩調を合わせ、メンバーを広げなければならない。今は「ルール形成」に力を注ぐことが大事だ。
(佐橋亮・東京大学東洋文化研究所准教授)
■人物略歴
さはし・りょう
1978年生まれ。2009年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。神奈川大学法学部教授などを経て、19年から現職