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ドイツ版「エンロン事件」 マネロン、テロほう助の疑いも=福田直子

Bloomberg
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 ワイヤーカード社が2018年、ドイツの優良株式銘柄、DAX(ドイツ株価指数)に加わったことは、画期的であった。1999年に設立され、「グローバル企業」となったワイヤーカードの急成長は、まさに「ニューエコノミー時代の到来」を象徴するかに見えた。なにしろ19世紀に設立されたコメルツ銀行を30銘柄に限られるDAX市場から「追い出し」、「フィンテックの“雄”」となったのである。

(出所)ブルームバーグより編集部作成
(出所)ブルームバーグより編集部作成

 前社長のマーカス・ブラウン氏は、「支払い方法を変革する」ということを社のモットーとし、ネット支払いや現金なし決済が主流となる社会を見据え、先見性のあるカリスマ的な人物と注目されていた。一時は「ドイツ銀行を買収する」勢いといわれながら、DAX市場に彗星(すいせい)のごとく上場した。だが、2年もたたないうちに破綻。しかも、終盤ではわずか1週間あまりのうちに株価が90%近く下落した(図)。

10年以上前から疑義

 倒産の直接の契機は、昨年秋、ワイヤーカードに投資を検討していたソフトバンク社をはじめとする機関投資家が長年、会計を担当していた大手監査法人アーンスト・アンド・ヤング(EY)会計監査法人以外の監査を要請したことだ。

 ライバルのKPMGが監査を始めたところ、不明瞭な点が指摘された。フィリピンの信託銀行にあるはずだった約19億ユーロ(約2200億円)の存在が確認できないということであった。このために4月、EYは19年度の会計報告書を承認することができないと発表。ワイヤーカードは6月25日、債務超過と不正会計監査の疑いを理由に、ミュンヘンの裁判所に破産申請した。

 ワイヤーカードは10年以上前から、株愛好家などの間でその経営実態を疑問視する声があり、15年以降、英『フィナンシャルタイムズ(FT)』紙や独『ウィルトシャフツウォッヘ』誌などが疑惑を追及する報道を続けてきた。ブラウン前社長をはじめとする経営陣は、そのたびに「わが社の経営モデルを理解していない」と逆に批判者たちを攻撃し、難局を乗り越えてきたように見えた。逮捕される直前にもブラウン前社長は「当社が巨額の詐欺にあった可能性がある」とさえ述べていた。

 ワイヤーカードの名前になじみがなくとも、その支払いテクノロジーは携帯アプリや支払いカード、プリペイドカードなどで幅広く利用されつつあった。モバイル端末を通じたオンライン決済やカード支払い決済のサービスを世界の3万4000の企業に提供していた。同社のホームページによると、世界中に26の支社があり、クライアントは31万3000人とあった。

 06年、ワイヤーカードは銀行業にも進出し、子会社が通常の銀行業務も行い、クレジットカードも発行するという「ハイブリッド運営モデル」で知られていた。

 手広くグローバルに事業を展開してきただけに、同社の破綻はまさに「国際サイバー犯罪推理小説」のように複雑怪奇である。子会社や提携企業および買収した企業は350社以上といわれる。実態が不透明なペーパーカンパニーも多数、関与しており、業務に関するコンピューターのデータ量は印刷すれば巨大クルーズ船20隻分に相当する「ペタバイト級」で、倒産管財人たちの調査は困難を極めている。

 FT紙によれば、17年度の同社の売り上げの半分は「存在しなかった」疑いもある。この規模での不正会計は相当な組織力と時間を投入しなければ不可能であるといわれる。

 ワイヤーカード本社(ミュンヘン郊外のアッシュハイム)は破産申請後、2回にわたり家宅捜索されたが、ワイヤーカード社関連企業は、モーリシャス、ドバイ、シンガポール、オーストリア、アイルランドなどでも捜索された。不正会計監査、株価操作のインサイダー取引の疑い以外にも、米国では違法なマリファナ販売に関与、マネーロンダリングやテロリズムほう助の疑いさえ出てきている。

「右腕」の逃亡劇

 これまでに前社長(保釈金を支払い釈放後に再逮捕)とドバイの子会社の元責任者、2人がミュンヘンで逮捕された。ブラウン前社長の右腕であったヤン・マーザレック氏(40歳)は国際指名手配され、現時点ではロシアに逃亡したとも見られている。

 マーザレック氏はブラウン前社長より社歴が長く、中東とアジア地域での事業拡張を統括しており、鍵を握る人物といわれる。高校を卒業まじかに退学し、若干30歳でワイヤーカードの役員に就任、派手な生活スタイルで知られていた。「キャッシュレス」の未来を提唱していたにもかかわらず、実生活では現金を好んで使用していたという。ブラウン前社長とともにマーザレック氏もオーストリア国籍だ。

 破綻の影響は、監査法人にも及んでいる。

 ミュンヘンの投資家保護団体(SdK)によれば、「ワイヤーカードの破綻で被害を被った個人投資家は25万人はいるはずだ」という。個人投資家が失った損害は推定総額で300万ユーロ(約3億7000万円)。それに対してワイヤーカードの株価暴落を利用した「空売り」で投資家(ショート・セラー)が得た額は30億ユーロ(約3700億円)という。ワイヤーカードに対する集団訴訟が現在、アメリカやオランダのほか各地で準備されているようだ。11年間、監査を行ってきたEYへの責任追及も厳しく、EYも集団訴訟の対象となっている。

 SdKのダニエル・バウアー代表は、「今こそ監査業界の改革を行うべき。特にコンサルティング業と監査事業を切り離し、監査企業への賠償責任の規定を設けるべきだ」と述べている。

 今回のドイツ最大級の経済スキャンダルは、ドイツ版「エンロン事件」といわれている。01年のエンロン事件では会計監査を担当したアーサー・アンダーセンが解散し、大手会計事務所は「ビッグ5」から「ビッグ4」となった。歴史は繰り返されるのか。

(福田直子・独在住ジャーナリスト)

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