教養・歴史書評

『わかりやすさの罪』 評者・柳川範之

著者 武田砂鉄(フリーライター) 朝日新聞出版 1600円

単純化すれば厳密さを欠く 「結論」を急ぐ危うい時代

 わかりやすさに力点が置かれがちな現代。その問題点に鋭く切り込む本書は、今の時代に必要な示唆を多く含んでいる。

 当然ながら、「わかりやすく」書かれた本ではない。そして、書評向けでもない。なぜなら、たいていの書評は、まずその本の概要を説明して論評に入るのだが、本書は、中身を簡単に要約して、なんとなく読んだ気にさせることの問題を強く指摘しているからだ。なので、要約というよりは、評者の頭に残ったポイントをいくつか指摘しておきたい。

 本書で語られる、わかりやすさの問題点には、いくつかの側面がある。まず、伝えるべき情報を単純化して説明しようとすると、大事な情報が抜け落ちる可能性がある点だ。

 例えば複雑な経済現象を簡単に説明しようとすればするほど、大事な要素がそこから落ちていきがちだ。できるだけ本当に大事なところは落とさないように苦心してもそれでも限度があるため、どうしても、わかりやすさと厳密さにはトレードオフ(両立不可能性)が生じる。しかし、そこにトレードオフがあり、その結果としてのわかりやすさであることを、情報の受け手は忘れがちだ。

 また、そもそも、どれだけ言葉を尽くしても、言語が伝えることには限界があるという側面もある。著者が感じたり考えたりしていることのすべてを文章から完全に読み取ることはできないのだ。そういう限界を感じながら、著書を読む、理解するという作業が、本当はもっと求められるのだろう。

 その一方、情報を受け取る側は、できるだけ単純化された情報を受け取ろうとし、また結論を急いで得ようとしがちだ。それは、あまりにも大量な情報があふれる時代になったことと無縁ではないのだろう。

 例えば、このコロナ禍の状況においては多様な、時には真反対の情報が大量に流れてきている。人々は、その情報をどう自分の中で処理して理解すればよいのか戸惑いがちだ。

 その結果、結論を急ぎがちになるし、安全なのかそうでないのか、といった二者択一の単純な答えを求めがちになる。そして、そのプロセスとして、声が大きい人が結果的に強い影響力を持ったりする。

 わかりやすさを良しとするあまり、このような単純な二者択一を社会全体が求めていきがちだというのは本書から得られる大きな警告だろう。などと、評者のこんな単純な解説で分かった気にならずに、本書を手にとって、じっくり読んでいただきたい。

(柳川範之・東京大学大学院教授)


 たけだ・さてつ 1982年生まれ。出版社勤務を経てフリーライターに。『紋切型社会—言葉で固まる現代を解きほぐす』で第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。新聞、雑誌の執筆のほか、ラジオパーソナリティーも務める。

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