『ドキュメント 強権の経済政策 ──官僚たちのアベノミクス2』 評者・小峰隆夫
著者 軽部謙介(ジャーナリスト) 岩波新書 860円
根拠なき政策決定プロセス 綿密な取材を通して解明
私が初めて軽部謙介氏の著作に接したのは、当時テレビ局経済記者の西野智彦氏との共著『検証 経済失政』(1999年)だった。この本の冒頭で紹介されていたのが、宮沢喜一首相の公的資金導入構想の挫折だった。これを読んだ私は「首相の権力とは何か」「予防行政をどう評価すべきか」などについていろいろ考えさせられたことをよく覚えている。
軽部氏はその後も経済政策の決定プロセスの内側に鋭く迫る著作を発表し続け、私もフォローするのを楽しみにしてきた。『強権の経済政策』は、前作『官僚たちのアベノミクス』(2018年)の続編で、13年以降のアベノミクスの展開を対象としている。主なテーマは、「官製春闘」と呼ばれるほどに賃上げへの政治的な関与が強まった経緯、官邸による官僚人事の掌握の実態、日本銀行の金融政策を巡る議論などである。
「何があったのか」を解明するということはジャーナリズムの原点だと著者は言う。その原点を踏まえた経済政策決定プロセスの解明ぶりは徹底しており、多くの関係者への綿密な取材に基づいた記述は、まるで我々自身がその現場を目撃しているかのようだ。この綿密な取材こそが軽部氏の著作の真骨頂である。
私が特に印象に残った部分を紹介しよう。「こんなことがあったのか」と刮目(かつもく)したのが、17年12月に、元日本銀行総裁の福井俊彦氏が、総裁・副総裁人事についての意見を伝えるために麻生太郎財務相と会食する場面だ。日銀の大物OBが財務省に日銀首脳人事についての希望を伝える。ありそうな話ではあるが、本当にあるのかとやや驚いた。
「これはちょっとひどいな」と思ったのが、15年9月に発表された「新三本の矢」の中の「名目GDP(国内総生産)600兆円」という目標についてだ。本書によれば、マクロ経済の数値的検討を担うべき内閣府の幹部たちもこれを知らなかったという。「内閣府の幹部たちにとってショックだった」と述べられているが、私もショックだった。経済政策の数値目標がほとんどエビデンス(根拠)なしに決定されていたことを意味するからだ。
結果が良ければその決定プロセスは注目されない。結果が悪い時にも、責任論が中心になりがちで、やはりプロセスには話が及ばない。しかし、透明性や理論的な裏付けを欠いた政策決定プロセスを続けることは、長い目で見て必ず国民全体に大きなコストを強いるはずだ。本書を読んで多くの人がそのことに気が付いてほしいと思う。
(小峰隆夫・大正大学教授)
かるべ・けんすけ 1955年生まれ。早稲田大学卒業後、時事通信社に入社。ワシントン支局長、ニューヨーク総局長、解説委員長などを経て今年4月より帝京大学経済学部教授に。『日米コメ交渉』『検証 バブル失政』など著書多数。