週刊エコノミスト Onlineワイドインタビュー問答有用

高畑勲研究の第一人者=叶精二・映像研究家/810

    「高畑さんは弁証法の人。一つのところにとどまらず、自作を真っ向から否定して、新しい作品に挑んだ」 撮影=中村琢磨
    「高畑さんは弁証法の人。一つのところにとどまらず、自作を真っ向から否定して、新しい作品に挑んだ」 撮影=中村琢磨

     日本のアニメ界の巨匠、高畑勲さんが亡くなって2年あまり。新たな表現を追い求めたその才能に今なお魅了される叶精二さんは、残された資料の整理や発掘、評価の作業に生涯をかける覚悟だ。

    (聞き手=加藤結花・編集部)(問答有用)

    叶 展覧会に使えそうな資料を検索・整理しました。高畑さんの家族が自宅で保管していた遺品を、高畑さんが設立に参加したスタジオジブリと、展覧会を企画した東京国立近代美術館に預けたので、その遺品を実際に見て、「これは貴重なので展示する価値があると思います」といった意見書のような形でまとめては送っていました。

    叶 残された資料のほとんどはメモ書きで、過去の高畑さんの作品や公開されている膨大な資料についての知識がないと分からない内容でした。高畑さんの筆跡は、特徴的な書き方をする平仮名がいくつかあり、見慣れていればそれが本人のものかおおむね見分けることができるんです。それでも、残された資料に書かれた文字が高畑さんの直筆かどうか、過去の直筆文字と比較して検証したりもしました。

    叶 段ボールで18箱ありました。本当はもっとあったようですが、半地下のようなガレージで資料を保管していたため、大雨で一部が水没してしまったようです。遺品の中には古いものも含め大量の1次資料が見つかりました。これまで誰も見たことのない資料ばかりなので、段ボールの中のものをひたすら取り出して調べては「これはすごい」「あれもすごい」といった感じで一人で興奮してしまいました(笑)。

    叶 高畑さんの具体的な仕事に関する資料は、特に1985年のスタジオジブリ設立に参加する以前のものはほとんど見つかっていませんでしたが、今回それが大量に発見されました。高畑さん自身が映画の完成に至るまでの苦労や思考の過程などを、積極的に語らない人だったということもあります。私が高畑さんに取材した際も、そうしたことを自ら話すことはほとんどありませんでした。

    叶 高畑さんが新人離れした技術とセンスを持っていたことが分かると思います。59年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社し、初めて演出助手をしたのが61年の劇場用アニメ「安寿と厨子王丸」です。新しく公開された資料から同作品の一部のシーン設計に深く関わっていたことが明らかになりました。ほぼ新人といって差し支えない時から、高畑さんが重要なシーンに自ら手を入れていたことが確認できました。

    叶 アニメの制作では「絵コンテ」といって、シナリオの進行をコマに分割された絵と文字で指定する設計図があります。絵コンテはスタッフで回覧するためコピーされたものを使いますが、高畑さんの家族が保管していた絵コンテの中に高畑さんの自筆画と、カメラワークや演技に関する指定を記した紙が上から貼られていました。これは、高畑さんが自らシーンを設計していた形跡と考えられます。

    叶 それまでは歌って踊れば許されていたアニメの世界に、複雑な心理描写や実在感のある舞台背景などを持ち込みました。世界中どこにもなかったようなアニメーション表現を、線で描いて色で塗りつぶすセル・アニメーションで極めようとしたのです。その試みは、「太陽の王子 ホルスの大冒険」に続く「パンダコパンダ」(72年)、「アルプスの少女ハイジ」(74年)で頂点に達しました。

    叶 高畑さん監督の劇場用アニメ「平成狸合戦ぽんぽこ」の公開後、1994年です。高畑さんが招待参加した多摩丘陵(東京都八王子市から町田市辺りへ広がる丘陵地)の里山の観察会であいさつができました。同人活動として「ぽんぽこ」のムック本を作るため、多摩丘陵でタヌキの保護活動をしている団体を取材していて、その活動の場に高畑さんも参加するタイミングがあり、紹介してもらえたのです。

    叶 高畑さん自身も多摩丘陵の自然をとても愛していて、保全のために会に参加して積極的に発言したり、会がなくても夫婦で散策していました。私は高畑さんに直接あいさつできるまで、何とか本人にインタビューしたくて、高畑さんの講演会に参加しては一番前の席に座って最初に質問して、手紙を送るといったことを1年くらいやっていました。やっとあいさつできたのですが……。

    叶 実際にあいさつの際、「いろいろお送りしたりして、お世話になっています」と言うと、面と向かって「あなたのような人は大嫌いです」と言われました(笑)。

    叶 僕らの世代の多くは「アルプスの少女ハ…

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