国際・政治 台湾
台湾が対米関係「強化」へ 米国産牛豚肉を輸入緩和=高橋寛
台湾で米国産牛肉と豚肉の輸入条件緩和を巡って、民進党政府と野党・国民党との間で論争が起こっている。
発端は、8月28日の台湾の蔡英文総統による発表だった。まず、米国産牛肉については、BSE(牛海綿状脳症)問題から月齢30カ月以下のみ輸入を許可していたが、月齢制限を撤廃し輸入を全面解禁する。さらに、米国産豚肉についても、肉豚用飼料添加物「痩肉精」を給餌された製品は輸入を禁止していたが、この条件を撤廃する。これらの措置は来年1月1日から適用される。
野党の国民党は、牛肉の全面解禁に関しては歯切れが悪い。というのは、2009年10月、当時の馬英九総統(国民党)が8割以上の国民の反対を押し切って、全面禁輸していた米国産牛肉に、現在の月齢制限を設けて輸入を解禁したという経緯があるからだ。そもそも、台湾では牛肉の生産は非常に少ない。近年の牛肉の輸入量12万トンに対し自給率は5%程度(約6000トン)であり、輸入全面解禁で影響を受ける国内農家も少ない。牛肉に関しては、反対運動は盛り上がりに欠けているのである。
日本では添加不許可
しかしながら、米国産の「痩肉精」添加の豚肉の輸入解禁に関しては、角煮や炒め物、ギョーザ、小籠包(ショウロンポウ)などに利用される台湾の「国民食」の豚肉に関する事態だ。健康への影響を心配する国民も多く、来年1月の解禁日に向けてさらに反対運動が盛り上がるかどうかが焦点となっている。
痩肉精とは、赤身増進剤のことであり、日本ではラクトパミンやペイリーンと呼ばれている。日本国内では飼料添加物としての許可が出ていないため、国産豚肉には使われていない。しかし、世界を見渡すと、牛には北米など4カ国、豚では北米、南米、アジアなど26の国・地域で使用が認められ、通常、出荷(と畜)前の30日間で使用されている(表)。
その効能は、家畜の代謝が落ち、摂取した飼料が脂肪となり、肉としての歩留まりが悪くなることを防ぐことだ。すなわち代謝を促進させ、脂肪ではなく筋肉をより多く付けることにある。そのため、使用が認められている各国では、家畜の代謝の落ちる出荷の1カ月前から投与しているのである。
安全性については、WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)が設立した「コーデックス委員会」が、食肉中の残留濃度の国際基準を規定している。日本も国際基準を守っている食肉のみ輸入を認めており、世界中で長い間安全に消費されてきた。
したがって、米国からすれば、台湾は、国際基準として認められた米国産の豚肉の輸入を不当に輸入禁止してきたということになる。米国産豚肉の輸入制限は、台湾政府が熱望する米台間貿易投資枠組み協定(TIFA)交渉再開への最大のネックとなっていたのである。
なお、赤身増進剤は、欧州や中国では国内家畜での使用も、輸入肉の流通も禁止されている。これは、過去に、さらに強力な成長促進効果と赤身増進効果があるクレンブテロールで汚染された豚肉で食中毒事故が頻発したためだ。クレンブテロールは毒性が強く、人体に副作用がある。食中毒の頻発を受けて、欧州連合(EU)は1988年、中国は97年に飼料への赤身増進剤全ての添加を禁止したのだ。もちろん、日本でも米国でも、クレンブテロールの使用だけでなく、汚染された豚肉の流通も禁止されている。
台湾が米国産食肉の輸入条件を緩和する狙いはどこにあるのだろうか。報道によると、蔡総統は、条件緩和を発表した8月28日の談話の中で、「米中貿易戦争や新型コロナウイルス感染拡大で、世界経済の構造が変化する中、米国との関係を強化する必要がある」と述べ、「米国産牛肉と豚肉の新基準制定は、国家の利益と戦略的発展にも合致する」「米台関係は過去数十年で最も良く、さらに前進させることができる」と強調した。
談話の中で筆者が注目しているのは、「米台関係が過去数十年で最も良い」と述べたことである。米大統領選で激戦州となった中西部の食肉生産地域へのアピールを通じて、歴代米大統領としては台湾と最も良い関係にある共和党政権のトランプ大統領への応援を意図していたものであろう。
また、蔡総統としては、5年間中断している米台間貿易投資枠組み協定締結に向けた交渉の再開や、付随する税関協力、電子商取引、投資協定、規格相互認証の4分野で協定締結を目指すのだろう。投資の促進から一歩進んで、知的財産保護など自由貿易促進のルールも定める自由貿易協定(FTA)の締結や、多国間協定である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加も見込んでいると見られる。
“国家”の地位確固
台湾としては、米国との国際条約締結を足掛かりに、さらに多国間での条約締結に結び付けて、国際的に“国家”としての地位を確固たるものにしたいとの戦略が見え隠れしている。これらの動きに呼応して、米国は9月17~19日、米台国交断絶以来、最高位の高官である国務省のクラック次官(経済成長・エネルギー・環境担当)を李登輝元総統の告別式に合わせて台湾に派遣し、米台間のさまざまな課題と相互協力について意見交換を行ったと伝えられている。
一連の米台間の動きに対して、中国はもちろん「台湾の独立につながる」と強い不快感を示している。中には、9月12日に10周年を迎えた中台間の経済協力枠組み協定(ECFA)の破棄を唱える動きもある。しかし、中国と一線を画す蔡政権発足以降、米中貿易戦争も相まって、中国への台湾の投資は、インドや東南アジア、米国などに逃避し始めており、ECFAは台湾にとってメリットが薄れて形骸化しつつある。
中国にとって、米台間の緊密化と台湾の国際的な地位の底上げを妨げる有効な手立てが見つからないのが現状である。現状打開への唯一の方策は、食肉の輸入条件緩和に台湾国民が猛反対するようにひそかに工作することぐらいだろう。今回の反対運動に、中国の勢力が関与していたとしてもおかしくない。表面上は単純な台湾の食卓問題に見える米国産食肉輸入の条件緩和だが、米中台を巡る外交上の問題がその裏に潜んでいる。
(高橋寛・ブリッジインターナショナル代表)