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週刊エコノミスト Online サイバーテロ

システム投資は米大手銀の3分の1 メガバンクがサイバー攻撃される日=吉沢亮二

日米銀行のシステム投資額の差は大きい(三菱UFJ銀行〈右〉とJPモルガン・チェースの店舗)
日米銀行のシステム投資額の差は大きい(三菱UFJ銀行〈右〉とJPモルガン・チェースの店舗)

「大規模なサイバー攻撃が金融システムの安定性に脅威を与えるのは自明であり、『もし』、ではなく『いつ』発生するかという問題だ」。国際通貨基金(IMF)の刊行物『Finance & Development(Spring 2021)』は、サイバー攻撃特集記事を掲載しており、上記のサブタイトルは現在の各国銀行関係者の関心事をよく表している。

 一方、現在日本と主要国の銀行関係者間でリスク意識に差があると筆者が感じるものの一つには、サイバー攻撃に対する切迫感がある。特に2020年以降、他国では危機感が高まっている。

 例えば、上記IMF以外にも20年2月に欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は「サイバー攻撃が深刻な金融危機の引き金になりかねない」と警告し、20年4月には、金融安定理事会(FSB)が、同様の注意勧告を金融関係者に発している。また、民間側(カーネギー国際平和財団)もFSBに対して、サイバーリスクに関する新規制導入の提言書を出している。

システム弱者の邦銀

 こうした危機意識の高まりの背景には、悪意のある人物・組織が、コロナ禍で加速する現在のデジタル変革を利用して、金融システムに脅威をもたらす可能性が増加していることがある。例えば、先に引用したIMFの刊行物(21年3月)には、サイバー攻撃の背後には、国家や国家の支援を受けた集団もあることが記載されている。また、そうした攻撃から金融システムを守るためには、国際規範や同盟国など考え方を同じくする国々での連携強化が必要であるとも述べている。

 日本でも日銀や金融庁は近年、サイバー攻撃に対する金融機関の取り組みや課題、また必要な対策などに関するリポートを出している。しかし、これらの報告書をみると、邦銀はリスク認識を高めているものの、実際に対応にあたる人員確保や予算面で課題を残すことが示されている。

 表は、日米を代表する銀行グループ、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)とJPモルガン・チェース(JPM)の直近開示年度(20年)のシステム関連費用の支出額である。同経費の定義や開示の仕方は各国で異なり、また邦銀は同費用を開示しないことが多い。例えば、本稿のJPM数値は公開値であるが、MUFGは同値を公開していない。

 MUFGの本稿引用値は、21年3月までの中期経営計画の公開情報(3年間で9000億円)から、筆者が間接的に推定したものだ。このため、表は必ずしも細部で正確な比較ではない。しかし、資産規模はほぼ同等だが、2社の年間同費用額や預金量当たり同費用率には、3倍近くの差があり大勢は明らかだ。

 この差は、日米の銀行間で一般にみられる現象である。MUFGの支出額は邦銀の中では、むしろ良好な部類に属する。また、JPMのシステム経費も米銀の中で突出して多いわけではない。バンク・オブ・アメリカやウェルズ・ファーゴなど大手行は、年間約100億ドル(約1・1兆円)前後の投資をしている。

 国際的にサイバー攻撃が増えるなかで、これだけ投資額が異なると、システム弱者と目される日本勢が狙い撃ちされるリスクがある。また、IT化が急速に進展する銀行業界において、各種の安全性を実際に高めようとすると、邦銀は今後、システム投資額をかなり増やさないと、顧客の財産や取引情報を守ることが難しくなるのではないだろうか。

増える無形資産投資

 日米銀行のシステム費用を考察すると、絶対額と同じくらい目につく差は、どこに費用をかけているかだ。S&Pグローバルの調べでは、邦銀大手行はシステム関連の全投資額のうち、新技術に20%ほどを振り向けているが、米国ではこれが65%にも達している。

 米国勢は、金融の未来はフィンテック(金融とITの融合)にあると考えて、新技術への投資を進めている。システム投資の全体額で劣るうえに、さらに新技術へ向ける資金の割合が低いのだから、日米間の物量差は大きい。精神論では埋められない技術開発に関する差が、現実にはあるのではないだろうか。

 そしてまた、顧客企業側の変化もみると、銀行は有機的に各種の顧客情報を結合する技術、フィンテックを活用しないと生き残れない環境変化に直面しているように思える。現在、将来の競争力を左右する鍵として企業側では、投資の重点を有形資産から無形資産にシフトさせてきている。実際、米国企業ではすでに無形資産に対する投資額が有形資産の額を上回ることが多く、日本においても無形固定の投資額が伸びつつある。

 従来、銀行は財務諸表の分析や不動産担保の徴求などの行為を通じて、貸借対照表に数値が記載され、その価値が大きく変動しない有形資産などを考察する能力を磨いてきた。

 一方、消費者行動や物流などの非財務情報や、のれんやソフトウエアなどの無形資産に対する分析能力については、改善余地が大きい。このため、顧客企業の活動実態の変化に対応し、自社の審査能力を向上させる観点からも、邦銀はフィンテック関連の投資額を増やす必要性に迫られている。

リストラ急務

 システムの追加投資をするためには、当然に新たな財源がいる。しかし現在、日本円のイールド(利回り)曲線がフラット化し、収益の柱である資金利益の増加が見込みにくい環境下にある邦銀の場合は、収益増による財源確保を望むのが難しい。このため、支出面にメスを入れることが、不可欠になろう。

 現在の邦銀において、減らせる支出とは何であろうか。それは、顧客ニーズと大きなズレが生じている、店舗網などのリテール(個人向け営業)の経営資源ではないだろうか。無論、経営資源のリストラでは、既存顧客の利便性を担保することも重要になる。しかし、他国の事例をみると、顧客利便性の大部分は、フィンテック化で対応可能なように思える。また、何より邦銀のリテール業務は低収益にあえぎ、追い詰められた状況にある。このため、優先順位をつけた経営判断が求められよう。

 銀行業の基礎は、顧客資産と取引情報を守ることにある。変化する時代のなか、邦銀が根源的な銀行の使命を遂行するためには、冷静な費用対効果の分析に基づきリテール経営資源のリストラを急ぎ、システム投資額を増やすことが、今求められているのではないだろうか。

(吉沢亮二、S&Pグローバル シニアディレクター)

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