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国際・政治 欧州

英国のEU離脱が引き金を引いた北アイルランド情勢の緊迫=石野なつみ

100年目の北アイルランド 緊迫化を招いた英EU離脱=石野なつみ

 北アイルランドがアイルランドから分離し、英国となってから今年5月3日で100年となった。しかし、英国の欧州連合(EU)離脱も背景に帰属を巡る住民の間の火種が再燃し、3月下旬から4月にかけて各地で暴動も発生するなど緊張が高まっている。北アイルランド紛争の再燃を回避するため、英国やアイルランドに加え欧州委員会も協議を重ねているものの、解決の糸口が見えづらい状況だ。

 北アイルランドの最大都市ベルファスト。カトリック系住民とプロテスタント系住民の居住地域を分ける「平和の壁」近くで4月7日、現地警察などに対して火炎瓶や石などを投げる破壊行動が勃発。バスへの放火も発生した。3月下旬から北アイルランド各地で続いた暴動の中でも最大規模で、翌8日には現地警察が放水車を使って鎮圧を図る場面もあった。

 北アイルランドの住民は「ユニオニスト」と「リパブリカン(またはナショナリスト)」に分かれている。ユニオニストは英国連合王国に忠誠を誓うプロテスタントが多く、民主統一党(DUP)やアルスター統一党を支持。一方、リパブリカンは南北アイルランドの統一を目指すカトリック教徒が大半を占め、シン・フェイン党が中心だ。今回の暴動ではユニオニスト側がリパブリカンに甘いとして警察を攻撃している点で、これまでとは様相を異にする。

 従来は相対的に立場が弱かったリパブリカンが、連合王国の象徴として警察を攻撃する場面が多かった。今回の暴動の発端となったのは、20年6月に行われたアイルランド統一を目指す過激派組織「アイルランド共和軍」(IRA)の元幹部の葬儀に、新型コロナウイルス規制に大きく違反する2000人以上が参加したことに対し、今年3月末に北アイルランド警察が訴追を見送ったことだ。

 警察当局がルール違反を看過していたことも問題視されたが、処分見送りとなった北アイルランド議会所属のシン・フェイン党幹部が謝罪をするも、ユニオニスト政党に加えシン・フェイン党以外のリパブリカン政党も問責決議を可決した。これをきっかけに、アイルランド国境に近いロンドンデリーでユニオニストが警察を攻撃。その後、暴動が北アイルランド各地へ飛び火する形となった。

民主的同意を「無視」

 アイルランドは1921年、アイルランド自由国として連合王国から分離したが、プロテスタントが多い北部6州は連合王国にとどまった。その後、北アイルランドではカトリック系住民によるアイルランド統一運動が60年代に活発化し、北アイルランド紛争によって双方累計で3400人を超える犠牲者を出した。英国とアイルランドが和平を模索し、98年のベルファスト合意によって比較的安定した状況がもたらされた。

 しかし、現在でもユニオニストは毎年7月12日、1690年のボイン川の戦いでイングランド王のオレンジ公ウィリアム3世(プロテスタント)が、アイルランド軍を率いるジェームズ2世(カトリック)に勝利したことを「オレンジ・オーダーの行進」で祝い、リパブリカンはアイルランド独立を目指した1916年4月の 「イースター蜂起」を祝うなど、緊張状態が続いていた。

 そんな脆弱(ぜいじゃく)な和平が揺らいだのが、ユニオニストが支持し、リパブリカンが反対したEU離脱だった。北アイルランドとアイルランドはアイルランド島内で国境を接するが、英国のEU離脱によって国境管理が厳しくなれば、リパブリカンにとって心情的に影響が大きいからだ。

 英国は結局、昨年2月にEUを離脱したが、離脱の移行期間であった昨年末までに英国がEUとの間で結んだ離脱協定の一部である北アイルランド議定書では、北アイルランドとアイルランドの間で国境管理を厳格にしない代わりに、英本土と北アイルランドの間で通関業務を実施することになった。しかし、今度は英本土との一体性を重視するユニオニスト側がこれに反発を強めている。

 ユニオニストはベルファスト合意に関する住民投票で「北アイルランドの将来は北アイルランド住民が決定する」との理解のもとで多くが賛成票を投じたが、議定書は北アイルランド住民の民主的同意を無視していると考える。また、農業や環境、雇用などに関するEUのルールが北アイルランドに適用されることも問題視している。

強硬派首相が誕生か

 さらに、今年1月末の欧州委員会による北アイルランド議定書第16条発動が火をつけた。第16条は「深刻な経済的・社会的・環境的な困難」を引き起こす場合、一方的に特定のモノの輸出を停止することが可能としており、コロナワクチンの供給の遅れに危機感を抱く欧州委員会が、EU域内で製造したコロナワクチンをEU域外に輸出する際、輸出管理措置を導入することを発表したのだ。

 英国やアイルランド政府が即座に懸念を表明したことから、数時間後に発動は撤回されたが、欧州委員会が離脱協定を弱体化させる政治リスクが露呈。さらに、欧州委員会がアイルランド政府やアイルランド共和国選出のマクギネス欧州委員会委員へも事前に相談をしていなかったことが問題視された。これがユニオニスト住民を刺激し、北アイルランドの関税チェックを行う職員に対して「不吉で威嚇的な行動」も確認された。

 北アイルランド政府が安全を考慮して一時的なチェック停止を発表し、北アイルランド議会も脅迫を非難する共同声明を発表して鎮静化を図った。しかし、DUPが離脱協定に対する強硬姿勢を改めて表明し、議定書の撤回を要求する一方、シン・フェイン党は議定書がベルファスト合意維持のために重要であるとして議定書維持を主張するなど衝突が表面化した。

 ユニオニストとリパブリカンの複雑な関係で今後、懸念されるのが、北アイルランド議会における「パワーシェアリング(権力分有)」の存続だ。両派の融和による自治を実現しようと導入された、内閣のポストを選挙の獲得議席に応じて配分する制度で、昨年1月には3年ぶりに自治政府が復活。首相にはDUPからフォスター党首が、副首相にはシン・フェイン党のオニール副党首が就任した。

 だが、今年4月末、北アイルランド議定書などに不満を持つDUP内部から圧力を受けたフォスターDUP党首兼首相が5月末に党首を、6月末に首相を辞任すると発表。新DUP党首には強硬な英国帰属維持派のプーツ農業相が就任することが決定。首相にはさらに、強硬派で知られるDUPの北アイルランド議会議員、ギバン氏が任命される可能性が高い。ギバン氏の首相就任をシン・フェイン党が承認しない場合、自治政府が再度、崩壊する可能性がくすぶっている。もしパワーシェアリングをやめるようなことがあれば、北アイルランド情勢をさらに悪化させてしまいかねない。

 北アイルランド情勢の安定化に向け、英政府と欧州委員会は離脱協定共同委員会で解決策を見いだそうとしているが、紆余(うよ)曲折を経た離脱交渉のもつれもあり、関係は冷え切ったままだ。ベルファスト合意成立では米国が立役者の一角となり、バイデン米大統領も今年3月、合意の維持が「極めて重要」との考えを示している。英国とEU双方とも米国との連携強化を目指しており、米政府の出方がカギを握っているかもしれない。

(石野なつみ・住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト)

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